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03 嫉妬

「はい、お茶」

自販機で買ってきた缶を銀時に渡すと、あゝだかうんだかよくわからない小さな返事が返って来た。
場所は変わって近所の公園。久しぶりに再開した幼馴染の2人は場所を変え、お互いの近状を話し合おうとしていた。真昼の公園で子供たちが縦横無尽に走り回っている。それを微笑みながら、名前は銀時の隣、木製のベンチに腰掛けた。

「銀時、そこ目だよ。口じゃない」
「え、あ、そう?ちょっと目が霞んで……」
「目薬じゃないんだから、目に入れたら痛いよ?」
「──銀さんめちゃめちゃテンパってるじゃないですか」

口ではなく、目からお茶を摂取しようとしている銀時に名前はハンカチを取り出して彼の顔と、お茶が溢れた服の上を拭く。
2人のやり取りをベンチの後ろ、雑草をかき分けて4人が見守る。

「てか何で土方さんたちがいるんですか?屯所に戻ったんじゃないんですか?」
「俺たちはあれだ。マヨ団子のおかわり貰おうと思ってな。なぁ総悟」
「俺はあんな不味そうな団子御免でさァ。面白そうだからついて来ただけだ」
「人の恋路を邪魔しようとするなら私が容赦しないネ」
「お前らこそ、ガキはとっとと家に帰る時間だ」
「まだ昼だよ!!」

4人とも2人の事が気になり、こうして仲良く盗み見しているのだった。
ベンチから4人の元まで多少の距離があるため、2人の会話は耳を澄ませないとよく聞こえない。その為、4人は2人の表情や身振り手振りで様子を判断するしかなかった。

「静かに。それであの二人には何があるんでさぁ」
「なんでも銀さんが心に決めた女性らしいですよ。あの女性の方こそ、真選組と何の関係があるんですか?」
苗字はうちの女中だ。 まさかアイツの知り合いとはなぁ」

挙動不審な銀時の動きに、名前は首を傾げる。だが、銀時の奇行のお陰で、彼女の緊張は少しほぐれたようだ。銀時の方は相変わらず緊張しまくりだが。
万屋の銀時と、真選組女中の名前。2人は知り合いという、なんとも数奇な巡り会いだった。お互いの知り合いが、実は知らないところで繋がっているなんて、4人の好奇心をくすぐる展開だ。

「旦那が心に決めた女、ねェ。そりゃあ残念だ」
「え、どういう事ですか?」

2人の関係に一時興味を引かれた沖田だったが、その興味も一瞬で冷めた様でつまらなそうに頭の後ろで腕を組んだ。
彼の言葉と、その行動に新八は疑問を抱く。そして、沖田が無言で指差した方、名前を見ると新八も事を理解した。

「え、なにそれ。何その芸能人が婚約会見した時に婚約指輪をこれ見よがしに自慢してくるポーズ」
「私結婚したの」
「へぇ、結婚。結婚ねぇ~……。ん?」

名前の左手薬指にキラリと光る物が。左手の薬指で光る物なんて一つしかない。婚約指輪だった。シルバーのシンプルな本体に、白く輝くダイヤが1つ。オーソドックスな婚約指輪だった。

「け、結婚したのか、俺以外のヤツと」

噴水の様に湧き出る銀時の汗。開いた口が塞がらない。影で隠れている新八と神楽も同じ表情で動けずにいた。
それとは裏腹に名前は冷静に、何があったわけでもなくただ単に頷いた。

「今夜で検索」
「検索しないでください沖田さん!」
「銀ちゃん、フラれたアルか?」
「フラれるも何も、まず土俵にすら立ってなかったって事だ。……帰るぞ総悟。人の失恋見て笑うほど俺は落ちぶれちゃいない」
「俺は楽しいですぜ。見てくだせェ、あの旦那の絶望した表情」
「そうだこいつは生粋のドSだった」

どこから持ち出して来たのか、双眼鏡で銀時の表情をまじまじと観察する沖田。呆れながら土方は煙草に火をつける。
2人の会話は続く。

「だから、私の苗字は苗字。今は苗字名前
「あー、素敵な苗字。うん、超素敵。もう憎たらしいくらい素敵」
「それって褒めてなくない?」

引きつった笑顔でなんとかコメントをしようとするが、意味がわからない言葉しか出てこず、身振り手振りもごちゃごちゃ。バグった銀時。

「銀時は、さっきいたメガネくんとチャイナちゃんは銀時の子供?」

甘味処で出会った少年少女の顔を思い出しながら名前が言った。

「いやあんな大きいガキいねーから!俺何歳の時に産んでんだよ!?」
「じゃあ連れ子?」
「残念ながら俺もヅラも坂本もみーんな独身ですぅ!!あいつらは他所のガキ」
「そうなのかぁ。みんな結婚できなさそうだもんね。あ、辰馬は気付いたらゴールインしてそうだけど」

呑気にあははと旧友を思い出す名前と違い、銀時は苦し紛れに返事を返す。内心はズタボロであったが、なんとか精神を保とうと必死であった。
それもそのはず、死んだと思っていた好きな人が、実は生きててその上結婚しているという、喜んでいいのか悪いのかわからない状況だ。しかし、こうして再会できた事は嬉しい銀時であったので、今会話ができる喜びに浸りたがっている。

「へえ、結婚ねェ。お前みたいな女とも言えなかった生命体が結婚とはね。世も末だわこりゃ!」

会話ができて嬉しいはずだが、口から出たのは嫌味だった。本人もこんな事言いたいはずじゃなかったのにと心の中で叫ぶが、口は止まらない。

「ほんと、口の悪ィクソガキと結婚するなんて、間抜けな旦那だなぁオイ。今こうやって丁寧な喋り方してるけどよ、昔は何かあると俺に突っかかってくる喧嘩っ早い奴だったんだぞ。あー、お前の旦那に教えてやりてェよ!お前は騙されてるってな!!」

あーあ、やっちまった。そんな呆れた表情で2人のやり取りを見守る4人。こりゃダメだと言って、土方と沖田の2人はその場を去ろうと立ち上がった。修羅場にならないうちに退散するのが吉。

「……銀時は何も変わらないね」
「変わるのがいい事だとは限らねぇんだぞ?随分と髪が伸びたようだが、それ似合ってないからな?」

次々と出てくる嫌味に、名前は激怒する事なく呆れた顔で銀時の顔から目をそらし空を仰ぐ。
──似合ってない。それは嘘だった。昔、まだ寺子屋で一緒に過ごした頃から名前といえば短髪だった。よく桂と性別を間違えられる事が多く、名前本人がそれをよく気にしていた事も記憶に残っていた。そんな彼女は今、桂と同じくらいの真っ直ぐな髪を後ろで結わえている。本当のところ、銀時はその美しい髪に惹かれていた。でも彼の口から出たのは真逆の言葉だった。

「もしかして旦那の趣味?やめとけやめとけ。大体男の趣味に合わせて髪型変える女なんてなぁ……」
「そっか、似合ってないか。うん、私といえば短髪だもんね」

今まで喋りっぱなしだった銀時の言葉を名前が遮った。空を仰いでいたはずの瞳はいつのまにか地面を見つめていた。
雲行きが怪しくなってきた。空には灰色の雲が広がり始めていた。今朝のお天気予報で結野アナが言っていた──「お昼から夕方にかけて小雨が降るでしょう」そんな事を思い出して、銀時は顔を上げた。先程まで広がっていた青は、灰色に呑まれていく。

「あれ、名前さん?どうしてこんなところに、お仕事は?」

偶然。2人の側に、1人の男が近寄ってきた。親しげに名前の名前を呼ぶと、少し嬉しそうに小走りで近付いてくる。
声に反応した名前が顔を上げた。今にも泣き出しそうな、苦しげな顔をしていたがそれも一瞬。男の顔を見るや否や、パッと明るい表情に切り替わる。
遠くで眺めていた4人がその変化に驚く。新八と神楽は不思議そうに男を注視すると、それに解説を入れるように土方が話し出した。

「白馬の王子様の登場だ。万屋のやつ、完全に勝機を失っちまったな」
苗字の旦那、このタイミングで現れるたァ反則ですぜ」
「え、あれが旦那さんですか!?」

新八は驚いてずれた眼鏡の位置を直して、深く観察するように上から下に目線を動かす。細身ではあるが、ある程度の身体つきをした好青年。というのが彼の感想だった。爽やかな、土方が王子様と称したのも納得がいく、そんな男だった。

「銀ちゃん可哀想、負け確定アルな。女はああいう甘いマスクの男に弱いね」
「おまけに金持ちのボンボンときた。飲んだくれの貧乏天然パーマにゃ為すすべなし」

口々に銀時を崖から落とすような、負のコメントを言い合う4人。そんな事をしているうちに、名前たちの方は話が進んでおり、昼食を名前の家でご馳走になる話になっていた。終始嫌そうな、しかめっ面をした銀時は興味のなさそうなテキトーな声で返答するが、それを遠慮と判断した名前の夫が「遠慮せずに!」と1人楽しそうに話を続ける。おまけに家に連絡すると言って、2人とは少し離れた場所に行ってしまった。

「4人はどうしますか?今から昼食……、少し早めの夕食でもいかがですか?」

その様子を確認した名前が、当然のように4人に近付いた。みんなで遠くから見守っていたことはお見通しであった。
ギクリとする4人だったが、土方が先に一歩前に出た。

「いや、俺達は遠慮して……」
「土方さんだけ来ないそうでさァ」
「オメェも公務に戻んだよ!!」

そう行って沖田を引きずって去っていった。残された2人は、少し気まずそうな顔をするが、名前が放った言葉にヨダレが止まらなくなった。

「遠慮しなくていいのよ。沢山食べていってね。ちゃんとデザートも用意するわ!」
「ゴチになります!!!!」