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08 約束

「あ、あの!」

半数の隊員が現場へ赴いた後、しばらくして山崎が口を開いた。

「病み上がりですし、もう少し横になってください。あとの事は真選組が何とかしますから!!あ、それともお腹すいていますか?何か消化のいいもの作ってもらいましょう」

すみませーん、と女中を呼びつけて料理を運んできてもらうように頼んだ。その後、名前の身体を支えながら寝かすと、正座しつつそわそわした落ち着きのない様子を見せた。

「ありがとうございます」
「いえ!いつも女中さんにはお世話になってますから!」

名前に声をかけられたのが意外だったのか、肩を跳ねあげられて驚きつつ答えた山崎。しかし、山崎の返答後、名前は眉を下げて笑うだけで会話が終わってしまい、それにつられた山崎も薄っすらとした笑いを浮かべてしまう。完全に次の話題に移る機会を失ってしまった。気まずい山崎はどうしたものかと、このまま何か話をするべきか、いやまだ安静にさせなければいけない、など様々な考えを頭の中でぐるぐると巡らせていた。そんな時──

「きゃあ!あなた何するんですか!?」

──廊下で女中の声がした。
敵襲か!?、そう思った山崎が刀を構えて勢いよく障子を開けて廊下に出た。

「えなに?これ俺の飯じゃねぇの?ちょうど腹壊しててよぉ。気が効くとか思ったんだけど、ちげぇの?」
「知らねぇーよ!誰だよお前!?これはなぁ、けが人のための飯なんだよ!テメェはその辺の雑草でも食ってろ!」
「万屋の旦那ァー!あんた何してんすか!?」

廊下には名前の食事を運ぶ女中にちょっかいを出す銀時がいた。女中はお盆の上の料理を零さないように器用に銀時に蹴りを入れる。吹っ飛んでいった銀時は、縁側から庭へ投げ出され囲塀の壁に叩きつけられる。
山崎が開けた障子から、名前が起き上がりながら外の様子を確認する。吹っ飛ばされた時に頭を打ったのか、頭から血を流した銀時がかっこよく手を挙げて名前にアピールした。

「よっ、元気か?」
「全然かっこよくないですよ旦那」

「──あぁ、だから私助かったのね」

空になった食器を下げてもらうと、名前は山崎からある物を受け取った。右上だけ穴が開いた本。それを見た名前は、撃たれたはずなのに自分が無事だった理由を把握した。
ボロボロの本は、自身の師である松陽からもらった物である。恩人の本とあって、いつも常日頃から持ち歩いていた。もちろん先日も大事に懐にしまっておいたのだ。

「先生に助けられたのね」

受け取った本を大事に抱える。亡き師に思いを馳せた。

「まだそんなモン持ってたのかよ。ま、いいや。なんか進展あったのか?」
「はい、今局長達が過激攘夷派の屋敷に突入してるところです」

ふーん、と頬杖をつきながら山崎の話を流し聞する銀時だったが、バタバタと廊下を走る足音に顔をあげた。
足音の主達は、失礼します、と静かに障子を開けて山崎を呼び出した。呼び出された山崎と、ほかの隊員が廊下で話をしているのを当然のように聞き耳立てる銀時。

「ふーん、へぇ」
「ずるい。私にも情報寄越しなさい」
「昨日襲ってきたやつが吐いたんだとよ。今真選組が突入した屋敷は囮で、旦那サマは別の所で奴らに拘束されてんだと」
「……、そう」

拘束中であった男が、名前の夫の居場所をはいたようだ。真選組が今頃相手をしているのは囮部隊である為、今の屋敷を抑えている間に待機している隊員は拘束されている彼の元へと向かうようだった。
話を終えて戻ってきた山崎がどう言い訳をするか考えている間に名前が声を上げる。

「行くんでしょ?私も行きます」
「な、何いってるんですか!?命を狙われてる身ですよ!?」
「山崎さん、あなたの使命は私の護衛ですよね。あなたが行ってしまったら私の護衛はどうなるんですか?私が山崎さんについて行けば、夫の救出と私の護衛、両方の命令を守れますよ」

布団から立ち上がり、衣桁から着物を引き剥がして準備を始めた名前に山崎が慌てふためく。

「旦那もなんとか言ってくださいよ!」
「屁理屈女に何言おうが聞かねぇよ。見ろ、あの目を。なんとしても夫を助けようと決意した女の目だ。ちくしょうなんで俺じゃねぇんだ!くそ!」
「どさくさに紛れて何言ってんだアンタ!?」

髪を結わえ、慣れた手つきで襷を体に巻きつけた。キュッときつく結び終えると山崎の方と向かい合った。

「ザキ!!行くわよ」
「呼び捨て!?」

突然の呼び捨てに困惑する山崎だが、名前の鋭い眼光に押し負け、他の隊員にも出撃の指示を急いだ。

「銀時、あんた今万屋だかなんだかやってるんでしょ?頼みがあるの」
「きちんとお代はいただく……っと、指輪?」

銀時が言い終わる前に、名前は自身が左手の薬指にはめていた婚約指輪を銀時に投げ渡す。曇りひとつない、美しい輝きを放つ指輪には銀時の顔が映る。

「それ、預けとく」
「いいのかよ?婚約指輪なんぞ他の男に預けて」
「いいの。……あの人との約束だから。それともう一つお願いがあるの。私の家から──」
「……わかった。じゃあな、終わったら焼肉食べ放題+パフェ、お前のおごりだから」
「もちろん。ザキ!準備は!?」
「準備整いました!」

すっかり手懐けられた山崎がピシッと敬礼する。その姿を確認した名前は正門へと急いだ。一般人の女性の後ろにつく真選組という異様な風景を銀時はただ見守った。
正門にて待機している他の隊員の前に名前が立つ。

「優先は人質の救出!そして誰も死なない事。行くわよ!」

勇ましい名前の姿に隊員達が応えて雄叫びをあげる。まるで真選組の隊長のような、名前の姿を見て銀時が思い出したのは攘夷戦争の出陣姿。女1人で自身の隊を率いた、勇敢な姿は相変わらずだった。

「ったく、今度は帰ってこいよ」

あの日も同じように出陣していった名前。そのあと帰って来る事はなかった。しかし、こうして再会した2人。今度こそお互いが無事であるように。そんなことを考えながら銀時はヘルメットを被り、スクーターを走らせた。
スクーターが走り去ったのを横目で確認した名前は銀時を振り返った。徐々に小さくなっていく彼の姿を見て、ポツリと1人呟いた。

「今度は死なないわ。必ず帰ってくる」