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待ちわびた答え

「──好きって言ったら怒る?」

名前が突然ポツリと言った。何の前触れもなかった為、聞こえた側としては相手が自分に尋ねたのかさえもわからない。だが周囲にこれと言って会話が出来そうな人物がいるわけでも無い。
拠点にしている空き家の縁側に腰掛けているのは黒髪の青年ただ1人。その後ろに名前が立っているのだから、彼に話しかけたのだろう。
自身の装備を整えている黒髪が揺れた。彼女の問いから一拍置いてから晋助は口を開いた。

「……この状況で言う言葉じゃねェ事は確かだ」

名前の声で止まってしまった手元が再び動き出した。と同時に答えになっていない返答が来た。
それもそのはず、今は戦時中。思春期の子供のように色恋沙汰に首を突っ込んでいる暇はなかった。どのタイミングで敵襲に遭うか、流れ弾に当たる可能性もある。いつどこで命を落とすか、誰もわからない状況だ。それを知ってでも名前は晋助に問う。いつ死ぬかわからないから、生きている今答えを聞きたかったのだ。
晋助の返答に名前は軽くため息をついた。彼らしい返答でもあり、彼女が予想していた返答でもあったからだ。だが本人もそう答えられる事に納得していた。

「そうだよねぇ。ごめん、今のは忘れて」
「……怒りはしねェよ」

名前が納得した様子でその場を立ち去ろうとしたとき、先ほどの名前のように今度は晋助がポツリと言った。しかしその言葉をしっかりと聞き逃さなかった彼女が驚嘆の声をもらした。

「くだらねェ今生の別れなんて奴ァ、負ける奴がやるもんだ」

晋助は遠くの傷付いた兵士を見ながら続けた。戦地に赴く前、晋助らは家族に今生の別れを告げる戦士たちの姿を目のあたりにしている。それに加えて、すでにここまでの戦で数名が命を落としている。今がどんな状況であるか彼はよく理解している。
名前も彼と同じように視線を向けるが、すぐに俯いて側の黒髪を見つめた。風でサラサラと揺れる黒髪。どこかの天然パーマとは違って、生まれ持っての気品が漂っている。

「私は晋助の事が好き。ただその答えを聞かせて欲しいだけ」

名前が晋助の後ろに背中合わせになるように腰を下ろした。そしてそのまま晋助の背中に名前が寄り掛かった。

「だからこれは今生の別れじゃないよ。私にとってはまた会うための口実だもの」

名前は寄り掛かった身体をわざと力を込めて後ろに倒した。グッと名前の重みが晋助の背中にのしかかった。
先の問いは、“生きて帰ってきて欲しい”そう思いを込めて尋ねた言葉だった。ここで答えを聞いてしまえば、晋助に生きて帰る以外の選択の余地をなくせる。少し卑怯な名前の考えだった。

「……そうか。なら答えは今言う訳にはいかねぇな」

晋助が鼻で笑った。名前からは見えないが、彼の口角は密かに上がっている。しかし彼女には見えなくても、その声色で晋助がどんな表情をしているかがわかる。それくらい2人でいる時間は長かった。

「うふふ、ずるいのね晋助は」
「分かりきってる事を口実にしてくる奴の方が上だ」

誰が見ても名前と晋助、互いに好意がある事は明白だった。それは本人らも同じで、本来ならお互いがお互いの気持ちを確かめ合う言葉は必要なかったはず。一緒にいるのが当たり前なのだ。
しかしそこは戦時中という状況もあり、名前が抱いた不安が言葉になってしまったようだ。

風の音を背景に2人に沈黙が流れたが、暫くしてスッと晋助の背中から重みが消えた。名前が立ち上がり、近くの木陰を視界の隅に捉えながら言った。

「そろそろどこかの天パさんからの視線が痛いかも」

永遠にも思えた時間を過ごした2人だった。だが戦時中に、戦えない名前がずっとこの場のいる訳にはいかなかった。……そもそも名前は何故この戦場にいるのだろうか?敢えて晋助は触れなかったが、粗方の予想は付いていた。
名前は物資補給班に紛れてこの地まで駆けつけたお忍びだった。晋助に会うついでに物資を届けに来たようだ。
名前が見た木陰には、隠れて2人の様子を睨むように見つめている銀時の姿。物資の確認を終えてふと見た視線の先にいた名前の姿。急いで駆け寄り今すぐ帰るように叱ろうとしたが、2人して良い雰囲気になってしまった為出てくるタイミングを失ったようだ。気不味さが顔面から滲み出ている。

「じゃあ行くね」

そう言い捨てて名前は晋助の元を去る。しかし数歩のところで振り返る。晋助は変わらず前を見つめている。名前はその背中を嬉しそうに見つめ、心の中で呟いた。

──返事待ってるから。

そのすぐ後、木陰に隠れている銀時に向かって挑発するように舌を出した。それに気付いた銀時が木陰から飛び出して彼女を追おうとするが、すぐさま名前は走って行ってしまう。
……やられた。歯痒さに襲われ苛立つ銀時を横目に晋助が鼻で笑う。

「答えは今も昔も変わらねェよ」