鳴り響く銃声と、身体に走る激痛。名前は意識を失った。その手前、銀時が何度も名前を呼ぶ声が微かに聞こえた。
「名前」
吉田松陽は名前の頭を撫でた。
「本当に引き取るんですか?おかしな方です」
「うちにも同じくらいの歳の子供がいましてね。子供は子供同士で遊ばせるのが1番だと思いまして」
村長の息子は怪訝な表情で松陽を見る。彼とは真逆な笑顔を浮かべる松陽。多くの村人がその光景を見守っていた。
「ま、こちらとしても厄介払いが出来て光栄ですぞ」
「あとで返してくださいなんて言っても、もう遅いですからね。さあ、行きましょう」
縄で両手と身体を塞がれている名前は、村人によって松陽の前に突き出される。よろけて倒れそうになるが、松陽がそれを抱き止める。
丁寧に縄を解いていき、名前の手を取った。そのまま2人は村を去った。
「名前、なんて言うんですか?」
「……」
「苗字は?」
しばらく沈黙を押し通そうとした名前だが、少しして口を開いた。
「……苗字は知らない。村の奴らは私を、アイツしか呼ばないから。名前は名前。それだけはわかってる」
「今時氏のわからぬ者は珍しくありませんよ」
「あんたは苗字があるんでしょ?苗字がなきゃペットと同じよ」
松陽はニコリと笑って、名前を何度か呟いた後に何か思いついたように声をあげた。
「それなら私の苗字をあげましょう。今日から名前は、吉田名前。うん、ぴったりです」
松陽は1人納得しているが、それ以前に名前はどうしても納得がいかない事があった。
「なんで、あんたを襲った私を引き取ったの?」
松陽が名前を村から引き取る事を決める前、2人が初めて出会った時の事だった。食べるものもなく、村人からも疎まれて、それでもなんとか今日まで生き延びた名前。たまたま村を訪れた松陽を見て、生きるために短刀とも言えぬボロ刀片手に襲いかかったのだった。今までと同じように、命と金を奪おうとした。失敗すれば自分に明日はない。そう言い聞かせていた。
しかし、名前の奇襲をゲンコツ一本で止めた松陽。止めたというよりは、地面に埋めたのだが……。唖然とする名前だったが、すぐに我に帰り、死を覚悟し身構える。しかし、松陽は名前の頭を優しく撫でた。
それから何度か松陽が村へとやってくる事があった。彼はその度に名前に食料を分け与えた。名前を引き取った日もそうであった。
「村の食料倉庫を荒らしたのはテメェだろ!?」
「ち、ちげーよ!いってェ、離せクソ野郎!」
その日、村の倉庫が何者かによって荒らされた。それを村人たちは名前のせいにする事で、村の誰を疑うこともなく丸く収めようとした。
名前に殴りかかる男に、それに抵抗する名前。名前は身体も顔も血やかすり傷でボロボロだった。
「村長からの命令だ。テメェの髪でも売って、村の足しにする。大人しくしやがれ」
「私の髪だ!切るんだったら私に金をよこせ!!」
「罪人のくせに生意気な!」
必死に抵抗するが身体を抑えられ、髪を切られていく名前。名前は髪に執着心はなかったが、髪を売ったその金が村に入る事は当然許せなかった。濡れ衣を着せられた挙句、髪まで売られる、恨みが積み重なる。
髪の毛はすでに切られてしまったが、必死に抵抗した名前が男の腕に噛み付いた。噛み付かれた男は情けない悲鳴を上げた後、名前に殴りかかる。
「そこまで」
松陽が男の腕を掴んだ。松陽は名前を引き取る為に、村長を引き連れてこの場所にやってきた。悔しそうに殴るのをやめた男。何故、どうして、そんな顔をして松陽を見つめる名前。松陽は前かがみになり、名前に手を差し伸べた。
そして今に至る。荒れ果てた道を歩いていた2人だが、名前は立ち止まって松陽の手を離す。
「どうしてって。あの時貴方は生きるために私を襲いましたね。そして、私は生きるために抵抗した。でも、私が抵抗したままなら、貴方はその後飢えて死んでしまうかもしれない。だったら、私は貴方に食料を分け与えますよ。これなら2人とも生きていける。そういう事です。あ、苗字も分けましたしね!命は無駄にするものではありませんよ」
「でも、それと引き取るのは別だろ!」
「あれ、言いませんでしたっけ?私のところにも、名前と同じくらいの歳の子供がいるんですよ。つまり、貴方にその子の遊び相手になって貰いたいのですよ。似た境遇同士、仲良くやってくださいね」
松陽は再び名前に手を差し伸べた。その手を掴もうと、名前も手を伸ばした。
「──せん、せい……」
伸ばした手は空を切った。手の先には何もない。
名前が目を覚ました。朧げな瞳で周囲を凝らす。
「あ!ゴリ……局長さん!目を覚ましたようですよ!」
「女中長……。ここは、屯所……」
目の前で、名前の顔を覗き込んでいるのは女中長。今まで寝ていた彼女の世話をしていたようで、枕元には水が入った桶と手ぬぐいが置かれていた。
どれくらい眠っていたのだろうか。横目で障子を確認すると、障子はオレンジ色に染まっていた。名前が倒れる前は月が出ていたので、半日近く眠っていたようだ。
「おお、無事に目を覚ましたようで良かった!」
女中長の声を聞きつけてゴリラが勢いよく部屋へ入室する。その後にゆっくりと隊員数名が部屋へと入る。それと引き換えに、女中長は部屋を出て行った。ゴリラは名前の姿を見ると安堵の表情を浮かべた。彼女の横へと座り込むと、顔色を伺い始めた。
「万屋の旦那に連絡してきます!」
「頼んだ!……、寝起きで申し訳ないがあの時に何が起こったか話してもらいたい。ゆっくりで大丈夫だ。話せるか?」
「あの時……?」
山崎が銀時に連絡するために部屋を出た。その姿を見送ると、咳払いをしてから真剣な眼差しで名前を見た。
まだ目覚めて数分も経っていないというのに、名前への事情聴取が始まった。まだまだ頭がぼーっとする名前は、必死に頭の中の記憶を辿る。
「停電が起きて、その様子を見に行こうとして……。知らない男がばぁばを、みんなを!!銀時!銀時は大丈夫なんですか!?」
ゆっくりと、記憶を呼び起こすように順々に話し始めた。真っ暗な部屋と、真っ赤な血溜まり。見知った死体に、襲われる友人。
静かに開こうとした記憶の扉が勢いよく開かれた。その衝撃で、名前は全てを思い出した。あの悲惨な光景と、自分がどうして今まで眠っていたか。
「ぁ、うっ!」
反射的に身体をうごした為、左胸にズキリとした痛みが走る。友人を庇った時の怪我だろうか、麻酔が切れたように痛みの感覚が名前を襲った。
「落ち着いてくだせェ。万屋の旦那は無事だ。あんたが目覚めるのを待ち切れなくて家に帰えりやした」
沖田が名前の身体を押さえつけた。息が荒々しい彼女と違い、沖田は淡々と説明した。
どうやら、名前が倒れた後、通報して彼女を屯所まで運んだのは銀時らしい。本人は、なかなか目覚めない彼女に痺れを切らして帰宅したようだ。「目が覚めたら連絡しろ」と告げて帰った。
「よかった。その感じだと特に怪我もしてなさそう」
「問題はあんたの旦那の方みたいですぜ。事件直前から消息不明。今土方さんが必死になって行方を追ってますぜ。何か心当たりがあれば、何でも良いんで話してくだせェ」
「……あの日、本当は仕事がひと段落着くからって聞いてたのだけど……。私が帰宅した時にはもう、急用で帰れなくなったとしか」
「……、そうか。やはり手がかりはゼロか」
名前の夫が行方不明である事と、名前達がいた苗字邸が襲撃されたのは何かしらの繋がりがある。そう睨んだ真選組は、必死になって名前の夫を捜索している。しかし、未だに手がかりはゼロ。
「あの、屋敷のみんなは……」
「……、残念ながら」
「そう、ですか」
自分でもよく理解している事であったが、少しの希望を信じて名前が問うた。しかし、結果は残酷であった。屋敷から数名の遺体が発見され、その日屋敷にいた名前と銀時以外は皆殺害されていたようだ。
屋敷を襲撃した男──名前と銀時が倒した──は現在拘束中である。こちらも有益な情報は未だに得られていなかった。
「局長ー!!副長から連絡で、夷労会本部が襲撃にあったとの事!襲撃したのは、過激攘夷派の仕業です!」
連絡を終えた山崎が、血相を変えて部屋へと走りこんできた。知らせを聞いた近藤と沖田は一斉に構える。名前も夷労会という名前を聞いて、自分の顔の血の気が引いていくのを感じた。
「近藤さん」
「おう、決まりだな。苗字邸を襲った奴らだろう」
2人は顔を見合わせて頷いた。このタイミングでの襲撃となれば、名前達を襲った攘夷浪士であることが予測できた。
「ザキはこのまま護衛を継続」
「はい!」
「行くぞ総悟!」
近藤と沖田の背中を見送った名前と山崎。
「どうか、無事でいてください」
祈るように手を組んだ名前を心配そうに見守る山崎。
銀時と謎の攻防を繰り広げる名前の姿を見送ったはずなのに、帰ってきたのは気を失った名前。自身も傷付いた上に、身近な人間を一気に失った彼女に山崎は同情していた。
名前を撃った人物が再び名前を襲う可能性を考慮し、真選組屯所での待機班と突撃班で二手に分かれた。山崎は名前の護衛を任された。任された任務を必ず成功して見せると山崎は心に誓った。