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07 呼ぶ声

鳴り響く銃声と、身体に走る激痛。名前は意識を失った。その手前、銀時が何度も名前を呼ぶ声が微かに聞こえた。

名前

吉田松陽は名前の頭を撫でた。

「本当に引き取るんですか?おかしな方です」
「うちにも同じくらいの歳の子供がいましてね。子供は子供同士で遊ばせるのが1番だと思いまして」

村長の息子は怪訝な表情で松陽を見る。彼とは真逆な笑顔を浮かべる松陽。多くの村人がその光景を見守っていた。

「ま、こちらとしても厄介払いが出来て光栄ですぞ」
「あとで返してくださいなんて言っても、もう遅いですからね。さあ、行きましょう」

縄で両手と身体を塞がれている名前は、村人によって松陽の前に突き出される。よろけて倒れそうになるが、松陽がそれを抱き止める。
丁寧に縄を解いていき、名前の手を取った。そのまま2人は村を去った。

「名前、なんて言うんですか?」
「……」
「苗字は?」

しばらく沈黙を押し通そうとした名前だが、少しして口を開いた。

「……苗字は知らない。村の奴らは私を、アイツしか呼ばないから。名前は名前。それだけはわかってる」
「今時氏のわからぬ者は珍しくありませんよ」
「あんたは苗字があるんでしょ?苗字がなきゃペットと同じよ」

松陽はニコリと笑って、名前を何度か呟いた後に何か思いついたように声をあげた。

「それなら私の苗字をあげましょう。今日から名前は、吉田名前。うん、ぴったりです」

松陽は1人納得しているが、それ以前に名前はどうしても納得がいかない事があった。

「なんで、あんたを襲った私を引き取ったの?」

松陽が名前を村から引き取る事を決める前、2人が初めて出会った時の事だった。食べるものもなく、村人からも疎まれて、それでもなんとか今日まで生き延びた名前。たまたま村を訪れた松陽を見て、生きるために短刀とも言えぬボロ刀片手に襲いかかったのだった。今までと同じように、命と金を奪おうとした。失敗すれば自分に明日はない。そう言い聞かせていた。
しかし、名前の奇襲をゲンコツ一本で止めた松陽。止めたというよりは、地面に埋めたのだが……。唖然とする名前だったが、すぐに我に帰り、死を覚悟し身構える。しかし、松陽は名前の頭を優しく撫でた。
それから何度か松陽が村へとやってくる事があった。彼はその度に名前に食料を分け与えた。名前を引き取った日もそうであった。

「村の食料倉庫を荒らしたのはテメェだろ!?」
「ち、ちげーよ!いってェ、離せクソ野郎!」

その日、村の倉庫が何者かによって荒らされた。それを村人たちは名前のせいにする事で、村の誰を疑うこともなく丸く収めようとした。
名前に殴りかかる男に、それに抵抗する名前名前は身体も顔も血やかすり傷でボロボロだった。

「村長からの命令だ。テメェの髪でも売って、村の足しにする。大人しくしやがれ」
「私の髪だ!切るんだったら私に金をよこせ!!」
「罪人のくせに生意気な!」

必死に抵抗するが身体を抑えられ、髪を切られていく名前名前は髪に執着心はなかったが、髪を売ったその金が村に入る事は当然許せなかった。濡れ衣を着せられた挙句、髪まで売られる、恨みが積み重なる。
髪の毛はすでに切られてしまったが、必死に抵抗した名前が男の腕に噛み付いた。噛み付かれた男は情けない悲鳴を上げた後、名前に殴りかかる。

「そこまで」

松陽が男の腕を掴んだ。松陽は名前を引き取る為に、村長を引き連れてこの場所にやってきた。悔しそうに殴るのをやめた男。何故、どうして、そんな顔をして松陽を見つめる名前。松陽は前かがみになり、名前に手を差し伸べた。
そして今に至る。荒れ果てた道を歩いていた2人だが、名前は立ち止まって松陽の手を離す。

「どうしてって。あの時貴方は生きるために私を襲いましたね。そして、私は生きるために抵抗した。でも、私が抵抗したままなら、貴方はその後飢えて死んでしまうかもしれない。だったら、私は貴方に食料を分け与えますよ。これなら2人とも生きていける。そういう事です。あ、苗字も分けましたしね!命は無駄にするものではありませんよ」
「でも、それと引き取るのは別だろ!」
「あれ、言いませんでしたっけ?私のところにも、名前と同じくらいの歳の子供がいるんですよ。つまり、貴方にその子の遊び相手になって貰いたいのですよ。似た境遇同士、仲良くやってくださいね」

松陽は再び名前に手を差し伸べた。その手を掴もうと、名前も手を伸ばした。

「──せん、せい……」

伸ばした手は空を切った。手の先には何もない。
名前が目を覚ました。朧げな瞳で周囲を凝らす。

「あ!ゴリ……局長さん!目を覚ましたようですよ!」
「女中長……。ここは、屯所……」

目の前で、名前の顔を覗き込んでいるのは女中長。今まで寝ていた彼女の世話をしていたようで、枕元には水が入った桶と手ぬぐいが置かれていた。
どれくらい眠っていたのだろうか。横目で障子を確認すると、障子はオレンジ色に染まっていた。名前が倒れる前は月が出ていたので、半日近く眠っていたようだ。

「おお、無事に目を覚ましたようで良かった!」

女中長の声を聞きつけてゴリラが勢いよく部屋へ入室する。その後にゆっくりと隊員数名が部屋へと入る。それと引き換えに、女中長は部屋を出て行った。ゴリラは名前の姿を見ると安堵の表情を浮かべた。彼女の横へと座り込むと、顔色を伺い始めた。

「万屋の旦那に連絡してきます!」
「頼んだ!……、寝起きで申し訳ないがあの時に何が起こったか話してもらいたい。ゆっくりで大丈夫だ。話せるか?」
「あの時……?」

山崎が銀時に連絡するために部屋を出た。その姿を見送ると、咳払いをしてから真剣な眼差しで名前を見た。
まだ目覚めて数分も経っていないというのに、名前への事情聴取が始まった。まだまだ頭がぼーっとする名前は、必死に頭の中の記憶を辿る。

「停電が起きて、その様子を見に行こうとして……。知らない男がばぁばを、みんなを!!銀時!銀時は大丈夫なんですか!?」

ゆっくりと、記憶を呼び起こすように順々に話し始めた。真っ暗な部屋と、真っ赤な血溜まり。見知った死体に、襲われる友人。
静かに開こうとした記憶の扉が勢いよく開かれた。その衝撃で、名前は全てを思い出した。あの悲惨な光景と、自分がどうして今まで眠っていたか。

「ぁ、うっ!」

反射的に身体をうごした為、左胸にズキリとした痛みが走る。友人を庇った時の怪我だろうか、麻酔が切れたように痛みの感覚が名前を襲った。

「落ち着いてくだせェ。万屋の旦那は無事だ。あんたが目覚めるのを待ち切れなくて家に帰えりやした」

沖田が名前の身体を押さえつけた。息が荒々しい彼女と違い、沖田は淡々と説明した。
どうやら、名前が倒れた後、通報して彼女を屯所まで運んだのは銀時らしい。本人は、なかなか目覚めない彼女に痺れを切らして帰宅したようだ。「目が覚めたら連絡しろ」と告げて帰った。

「よかった。その感じだと特に怪我もしてなさそう」
「問題はあんたの旦那の方みたいですぜ。事件直前から消息不明。今土方さんが必死になって行方を追ってますぜ。何か心当たりがあれば、何でも良いんで話してくだせェ」
「……あの日、本当は仕事がひと段落着くからって聞いてたのだけど……。私が帰宅した時にはもう、急用で帰れなくなったとしか」
「……、そうか。やはり手がかりはゼロか」

名前の夫が行方不明である事と、名前達がいた苗字邸が襲撃されたのは何かしらの繋がりがある。そう睨んだ真選組は、必死になって名前の夫を捜索している。しかし、未だに手がかりはゼロ。

「あの、屋敷のみんなは……」
「……、残念ながら」
「そう、ですか」

自分でもよく理解している事であったが、少しの希望を信じて名前が問うた。しかし、結果は残酷であった。屋敷から数名の遺体が発見され、その日屋敷にいた名前と銀時以外は皆殺害されていたようだ。
屋敷を襲撃した男──名前と銀時が倒した──は現在拘束中である。こちらも有益な情報は未だに得られていなかった。

「局長ー!!副長から連絡で、夷労会本部が襲撃にあったとの事!襲撃したのは、過激攘夷派の仕業です!」

連絡を終えた山崎が、血相を変えて部屋へと走りこんできた。知らせを聞いた近藤と沖田は一斉に構える。名前も夷労会という名前を聞いて、自分の顔の血の気が引いていくのを感じた。

「近藤さん」
「おう、決まりだな。苗字邸を襲った奴らだろう」

2人は顔を見合わせて頷いた。このタイミングでの襲撃となれば、名前達を襲った攘夷浪士であることが予測できた。

「ザキはこのまま護衛を継続」
「はい!」
「行くぞ総悟!」

近藤と沖田の背中を見送った名前と山崎。

「どうか、無事でいてください」

祈るように手を組んだ名前を心配そうに見守る山崎。
銀時と謎の攻防を繰り広げる名前の姿を見送ったはずなのに、帰ってきたのは気を失った名前。自身も傷付いた上に、身近な人間を一気に失った彼女に山崎は同情していた。
名前を撃った人物が再び名前を襲う可能性を考慮し、真選組屯所での待機班と突撃班で二手に分かれた。山崎は名前の護衛を任された。任された任務を必ず成功して見せると山崎は心に誓った。