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初恋は実らないらしい

「……帰りたい」

宇宙海賊春雨の船が違法停泊する港。沈み始める夕陽を傘を刺し眺める少女が1人。甲板の縁から足を投げ出し、暇そうにぶらぶらバタバタ足を動かしている。手には傘、傘は彼女の種族の代名詞と呼ばれるもので、彼女が戦闘民族の夜兎である事をはっきりと示している。さらには服から覗く白い肌が合わされば、夜兎以外の何者でもなかった。その白いもう片方の手には真っ黒な通信機のような物を持っている。それを口元に近付けて何やら独り言を呟いている。

「お家に帰りたいヨォ」
『サボりのツケが回って来たんだ。しっかり御役目果たしてこい』

呟きは通信機を通して通信者に届いたようで、スピーカーからは低い男の声が雑音混じりで響く。通信相手は突き放すように言った。その言葉に少女の両頬がぷくりと膨らむ。

『まァ社会見学だと思って、しっかり学んでくるんだな』
「社会じゃなくて下っ端の見学しかしてないじゃん。天津丼の密輸の監視なんて、わたしじゃなくてもいいじゃん」
『天津丼じゃなくて転生郷だ。前にも言ったが、サボりのツケさ。これだけで済んだんだ、団長に感謝でもしとくんだな』
「ふーんだ」

反抗期か?呆れた声がスピーカー越しに名前の耳に届いた。
名前がこの地球にやって来たのは、彼女が所属する組織の財産元である麻薬──転生郷の密輸の監視の為だった。彼女の言う通り監視役は別の者でも成り立った筈だ。彼女は宇宙海賊春雨の第七師団に所属しているが、この仕事は普段は別の団が請け負っている。何故第七師団にこの依頼が来たのか事情はよくわからないが、この仕事に目をつけた第七師団団長が名前を任命した。普段から仕事をさぼりがちの彼女に、ある種のお仕置きとしてこの退屈な仕事を与えたようだ。

「大体、あの陀絡とかいうメガネのおっさんも気に入らない」

現場に着いた名前がウロウロと船内を歩き回っていることに苛立った陀絡という春雨の幹部が、厄介払いする様に彼女を甲板に追いやった。どうやら春雨の周囲を嗅ぎ回る輩がいるようで、その一味と思われる青年を捕らえたとかでその始末に忙しいようだった。
名前もチラッとその青年達を見たが、自分と歳の変わらなそうなまだ年若い少年少女に違和感を覚えた。1人は地味なメガネ、だがもう1人は自分と同じような装いをした少女。自分と同じような白い肌が眩しい。
──夜兎の子が、春雨を嗅ぎ回る?
そんな事があるのか?なんて考えたものだが、その疑問を陀絡にぶつける事もなく、陀絡の下っ端によって名前は甲板に摘み出された。その事を根に持っているようだ。

『やっこさんもお前の事が気に食わないだろうさ。俺達第七師団が監視役と来ちゃあ、上から圧掛けられてるモンだと勘違いするだろう』
「ふーん」

組織の内部事情に全くと言って良いほど興味がなさそうに適当な相槌が返された。その分野は通話相手の方が得意なようで、名前を遣いとして送ったものの何か問題を起こしていないか不安で今こうして通話をしている。案の定仕事もしないで船の甲板で沈む夕陽に目をやる少女。そろそろと言って通信機の電源を落とした。
そろそろ密輸の作業も終わるだろう。仕事しているフリをする為に、船内を散歩し始めた。その途中、組員が乗り降りする出入口で、組員と何者かが言い争う姿を目撃した。
名前が急いで窓ガラスを蹴破って船外に飛び出し、少し離れた場所からその様子を見守った。
銀髪と黒髪長髪の海賊服を着た男が、見張りの乗組員に刃を向けていた。

「ワァオ!すごいすごい!春雨に喧嘩売ってるよ」

そのまま船に進入しようとする2人に名前が拍手を送った。その音に気付いたようで、銀髪の方が名前を睨みつけた。

「んだぁ?ガキ相手にしてる暇はねえっつーの」
「大丈夫大丈夫、わたしもお兄さんと戦う気ないから。引き止めちゃってごめんね、急がないとあのメガネ君たちが危ないもんね」

銀髪は名前に向かって左手のフックを突きつけたが、メガネくんという言葉に反応して腕を下ろした。

「今ならまだ間に合うよ。甲板に行った方がいいかもね」
「いいのかよ敵に情報なんか与えて」
「お兄さんなら面白い事起こしてくれそうな気がするから楽しみにしてるんだ」

やはり名前には戦う意志がないようで、それを感じ取った銀髪が何かを言いかけるが、背後からの呼びかけで自分も船内への進入を急いだ。

「うっせーヅラ!今行くっての!」
「じゃあね、銀髪のおサムライさん。いいもの見せてね」

名前は笑顔で手を振り銀髪の男の行方を見送った。

「──てな訳で、そのあとは爆弾ぽいぽいからの、陀絡と銀髪の一騎討ちで陀絡が倒れて、禽夜とかいうカエルは捕まっちゃいました。以上が報告であります!!」
「……」

任務を終えて1人優雅に帰船した名前が目の前の男に任務報告を行うが、男は頭を抱えた。任務中に名前と通話していたこの男は任務の行方が心配で通話をしてたのだが、その心配は通話後に起こってしまった。
こんなふざけた報告があるものか!そう言いかけるが本人に言った所で無駄だろう、そう判断した男がため息をついた後、始末書の作成に取り掛かった。
2人の会話を側で聞いていた団員らが下品な大笑いを繰り広げる。

「ギャハハ、問題児を娘に持つと大変だなァ!な、阿伏兎!」
「問題児っつう点では団長も同じだろ。俺たちは問題児2人をおんぶに抱っこだ」
「そりゃ阿伏兎だけだがな!」

今日の酒の肴は──なんて言いながら団員らが晩餐を始める。食堂の奥でひたすらあるだけの食料を胃袋へと詰め込む第七師団の団長を見て男──阿伏兎は再びため息をつく。

「にしても名前の奴、さっきからあの調子だが」
「あの調子ィ?」

巨漢の云業が言った方向を阿伏兎が見た。そこにはひたすら窓の外を眺める名前の姿があった。
宇宙を移動する船の景色はただひたすら真っ暗だというのに、それを飽きずに真っ直ぐ眺めている。どこか悩しげな雰囲気でもあるが、「問題児にも悩み事があるのか」と云業が茶化す。
名前が悩むときは自身の発明がうまくいかない時だけ、そう記憶していた阿伏兎だったが今回は少し違う。外から帰ってくれば真っ先に発明品という名のガラクタをいじくり回すか、ひたすら寝続ける彼女だった。しかし地球から帰って報告を行った後、彼女はずっと外を眺めているようだった。
名前もそろそろ難しい年頃だった事を思い出して思わず声をかけてしまう。

「思春期娘、こんだけ好き放題やってくれても悩み事か?」
「……になっちゃった」
「は?」
「好きになっちゃった、あの人のこと」

そう言って振り向いた名前の表情は笑顔だった。