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正解は後からついてくる

日輪は名前の姿を見て襲ってくるであろう衝撃に構えた。周りで見守る銀時や月詠も声を上げた。しかし反対に鳳仙は名前の選択を受け入れるように目を瞑ったままだ。
ひらり。鳳仙の頬に軽く柔らかいものが乗る。

「ハイこれ」

名前は振り下ろした腕で、鳳仙の目の前に何かを突き出した。

「これ持ってあの世でお母さんに謝ってね」

鳳仙を庇う様に身体を丸めていた日輪が顔を上げると、名前の手には小枝いっぱいに花を咲かせる桜があった。唖然とした日輪だったが、その桜を受け取ると鳳仙に見せる様に目の前に持った。

「……綺麗な桜ね」

太陽に透かされて黄色く輝く花弁を鳳仙は眩しそうに見つめた。もう視界も限界になってきているのだろう。閉じかけた目は虚だ。それでもしっかりと目に焼き付ける様に見つめた。
彼を見た日輪にも笑みが溢れる。

「娘の最初で最後の頼みくらい聞いてくれてもいいよね」

名前の言葉にうなずくように日輪が枝を鳳仙に握らせた。残りわずかな力を振り絞って彼はそれを握る。ついに彼の目は閉じられた。もう二度と2人を、太陽を見ることは叶わない。
少しの間鳳仙を見つめた名前だったが、用事が済んだと彼から背を向けて歩きだした。

「戦う事でしか全てを表現できなかったなんて、本当にカワイソウな人。身体交わえど血は交われず。血は交わえど心は交われず……かな。でも、わたし達はもう少し話し合えれば何かが違ったかもね」

血が繋がっている父親と分かり合えなかった自分を含めて名前は卑下するように笑った。日輪と鳳仙と自分、結局今の今まで分かり合えることが出来なかったのだ。

──人生は重要な選択肢の連続だ。
阿伏兎がよく言う言葉を名前は心の中で反復した。たしかに彼の言う通りだ。過去を振り返ってその言葉の意味を噛み締めた。
もしかすれば、過去に選んだ選択肢が違っていれば、こんな結果にならなかったかもしれない。阿伏兎に拾われた後も鳳仙と話す機会はあった。しかしそれを何度も拒絶して、自分の殻にこもって1人孤独を抱えていた幼い自分を思い出す。あの時もし話し合う事を選択していれば、2人で笑って過ごす未来があったのかもしれない。
──ま、あのおじいちゃんが他人と仲良くするなんてできないかな。
名前は過去の自分が選んだ選択肢を後悔しなかった。そして鳳仙が選んだ選択肢も恨むことはしない。
名前は振り返って鳳仙に向かって笑いかけた。
──人生の選択肢に正解なんてそもそも存在しないのかもしれない。正解かどうかは自分で決める。わたしは後悔してないよ。あなたはどう?

「オヤスミ、おとーさん」

吉原の王、鳳仙は死んだ。どんな最期でも、自分の父親の最期を見届けられただけでもマシだと名前は早々にその場を切り上げた。
神威はやる気満々で銀時に勝負を挑もうとしたが、実の妹である神楽からの銃撃を受けてそれを断念した。神威の隣で彼に妹がいたことに驚いた名前だったが、吉原に着いた当初に彼が包帯で顔を隠していたのは彼女が原因だったのかと納得した。
そんな彼女の頭を数回叩いた神威がニコニコ笑顔で話す。

「出来の悪い妹と名前をよろしく。じゃーね、お侍さん」

なんだかんだで妹の成長を見守っている神威に、意外だと言う視線を送ったところで名前も銀時とのお別れを惜しんだ。

「銀さーーん!!また今度会ったらお話ししよーね!!約束だからね!!」

銀時に向けてウインクをすると、神威に続けて名前もその場を去った。

さて、と名前は阿伏兎の元へ向かうのだが、数点気がかりな、やり残したことがある、と途中で立ち止まった。

「ダンチョー、先に阿伏兎拾って船に戻ってて!忘れもの取りに行ってくるから!……あ、阿伏兎のこと許してあげてね!おねがーい!!」
「別にもう2度と戻って来なくてもいいから」

神威の言葉をいつもの軽口だと受け流し、用件だけ伝えて名前は彼とは別の方向に走り去ってしまう。神威の方も特に彼女のことを気にすることなく走り去る。
阿伏兎に迎えに行くと言ったものの彼のことは神威に任せ、瓦屋根を飛び越えた名前が向かったのは云業の元だった。倒れている彼を担いで、適当な場所に穴を掘って埋めた。その土の上には桜の花。

「置いていってごめんね」

そう言い残して名前は再び瓦屋根を登った。気がかりだったことは云業のことであったが、それだけで終わりじゃなかった。鳳仙と神威が戦った瓦屋根でキョロキョロと何かを探し始めた彼女は、ポツンと取り残されたように落ちていたソレを拾うと、ポケットから少し大きい巾着を取り出してその中に入れた。

「これでオッケー!」

準備万端と再び地面を蹴った彼女は、停めてある船へと向かった。阿伏兎は自分がこの後処分されるとしょぼくれていたが、名前はどうせ神威の事だから阿伏兎を生かしているだろうと思ったのだ。人質の子供も結局、神威が親に会わせてあげたようだ。なんだかんだ無駄な殺生はしない奴、と名前は一人で笑う。
それに逆に言えば阿伏兎を生かしておいてくれなければ、わざわざこの巾着に入れたモノを回収する意味がなくなってしまう。
早く2人の元に戻ろうと名前は急いだ。

先に船に着いたのは名前の方で、神威の肩を借りて歩く阿伏兎は少し驚いた顔をしていた。迷子にならずにちゃんと船に戻ってきたのだ。
吉原では奇妙なことが頻発すると、名前や自分を生かした神威の行動を思い出して笑う阿伏兎だったが、その表情がすぐに曇る。
名前が帰ってきた2人を出迎えたところは良かった。すぐさま処置室に運んでくれて手当をしてくれたこともよかった。問題はその後だ。部屋に戻った阿伏兎が忘れ物が何だったのかを名前に聞くと、彼女は思い出した様子で腰に付けていた巾着を開けてソレを取り出した。

「じゃーん!落ちてた阿伏兎の腕!」
「戻してきなさい!!!!」

捨て犬を拾ってきた子供を叱る母親のように阿伏兎はすぐさま自分の腕を取り上げた。なんてものを拾ってきたんだコイツは!と必死に訴えたが、彼女には全く伝わっていなかった。

「ソレないと阿伏兎の義手が完璧に作れないよー!」

元あった腕のような義手を作るためには、元の腕の型をとるのが1番手っ取り早いと名前は言うが、「そんなものを巾着に入れて拾ってくるくらいなら多少義手に違和感があっても許す」と阿伏兎が反論した。しかし、職人魂がそれを許さないと彼女は全く譲らなかった。いつもの通り仕方なく引き下がった阿伏兎だが、条件を加える。

「寸法測ったらすぐに捨てるんだ。わかったか?」
「はいはーい」
「ハイは一回!!」

条件をのんだ名前はすぐに寸法を測り始めた。この手の作業の手際はお手の物と言ったところで、無駄のない動作で測っていく。しかしそれを見ている阿伏兎の心境は最悪だった。前世で何をすれば自分の切り落とされた腕の寸法を測る娘を持つことになるのか。盛大なため息を吐いた。

「……、まさか云業も拾ってきたとか言うんじゃあねェだろうなァ?」
「流石に云業は土に埋めてきたヨ。可哀想だけどね」

まさかの事態に陥らなくて阿伏兎は安心した。
ほっと胸を撫で下ろしたタイミングで、神威が大皿に乗せられた料理と共に部屋に入ってきた。美味しそうな料理の匂いに名前がすぐさま顔を上げて神威に飛びかかった。しかしそれを当然のように避けた神威。

「名前の分はないよ。結局今日も何もしてなかったからネ」
「今仕事してるもーん!!阿伏兎の義手作ってるし、云業のお墓も作ってきたもーん!何もしてないのは神威の方だし~」
「俺はあの夜王鳳仙を倒したって事になってるからネ。大仕事を終えた後の当然の報酬さ」
「やっぱ何もしてないじゃん!ずっるーい!ばーかばーか!!」

神威が名前の頭を片手一本で抑える中、彼女は必死に腕を振り回して抵抗にならない抵抗をしている。まぁーたキョウダイ喧嘩が始まった、と阿伏兎はため息を吐いた。2人がこうなってしまえばお祭り騒ぎだ。今日くらい休ませて欲しいと2人を見守った。
そんなことはお構いなしに名前はジタバタするし、神威は美味しそうに食事を貪る。

「あり?いいのかな?これは阿伏兎が考えた名案だ。あのお侍さんを守る手段でもあり、あの夜王が太陽にやられたなんて無様な最期を知られずに済むんだ。名前にとってもいい事尽くめだ」
「でもでも結局神威が仕事してないのは変わらないじゃん!ずるーーい!!」

キィー!と地団駄を踏む名前は諦めたのか、部屋に戻ると出て行った。

「あれじゃ兎じゃなくて猿だね」
「オイオイ、実の妹の代わりに名前を使って遊ぶのはやめてくれェ。あとで俺が何言われるか」
「でも、阿伏兎は尻拭いが得意でしょ」
「誰のせいだ!!」

阿伏兎は春雨に所属してから尻拭いのスキルだけが突出して上がって行った。もっとバランス良く能力値を上げたいものだが、それでも副団長という地位まで上り詰めている。
仕方ない、そう言って阿伏兎は重い腰を上げた。本当は今すぐにでも休みたいものだが、今まで名前のお世話をしていた云業はもういない。ならば自分がやるしかないのか、と尻拭いスキルを発揮するために部屋を出ようとする。しかし神威がそれを引き止めた。何の用かと阿伏兎は振り返って彼の言葉を待った。

「実の父親と育ての親。名前が取ったのはどっちでしょうか」
「……、オイオイ誰の真似だ?そんなもん、育ての親だろォ?」

この問題の選択肢1は鳳仙、選択肢2は阿伏兎の事だろう。それならば答えは選択肢2、そうであってくれと阿伏兎が答えた。彼のその言葉に神威はにっこり笑顔。
「その反応はなんなんだ」と阿伏兎は冷や汗をかく。鳳仙と名前は和解したと神威から聞いていたものの、やっぱりどちらかを取るとするならば自分であろうと必死になる。
しかし、誰の真似かと問うたのは阿伏兎自身であり、神威は自分の真似をしている、となるとこの問題の答えは……。
阿伏兎の冷や汗は止まらないまま、彼は神威の言葉を聞いてしまう。

「残念、正解は──」