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04 想い

「ったく、これだからガキはよ~~」

そう言いながら目の前の食事に齧り付く銀時。口元の汚れも気にせず、とりあえず口に放り込む精神で食器の上を空にしていく。

「何だかんだ言って銀さんが1番食べてますよ!……姉上にも持って帰ってあげよう」

タッパーを取り出して、食事を詰め始める新八。いつも通り無限の胃袋で食事掃除機のように体に吸い込んでいく神楽。
3人の様子を微笑ましく見守る名前とその夫。ご飯に手をつけつつ、名前の笑顔を覗き見る銀時は、気に入らないと言った顔をしてその感情をご飯とともに喉の奥に押し込んだ。

「お口に合うようで、ばぁばも嬉しゅうございます」

苗字家に仕えるばぁばが、神楽の皿に椀子そばと同じ要領でお代わりを乗せていく。ばぁばは長く苗字家に仕えている女中であり、名前の世話から花嫁修行、マナーまで叩き込んだベテランだった。今日の料理もばぁば1人で何から何まで作り上げた。分厚い老眼鏡をかけているのが特徴だが、この老眼鏡がないと何も見えない。よくある眼鏡キャラだ。

「おー!お婆ちゃん、これ全部1人で作ったか?名前は毎日こんなご飯食べれて羨ましいアル!」
「うふふ、言ってくれれば毎日来てくれてもいいのよ。どうせ銀時の事だし、お給料とかろくにもらってないんでしょ?育ち盛りは黙って栄養つけてね」
「ありがとうございます!!」

言われるがままご馳走になる2人を見て、腑に落ちない表情の銀時。箸を止め、行儀悪く机に肘をつき始めた。

「んで、新婚ホヤホヤのお二方はこの広~い屋敷でのんびり暮らしてるって訳か。お前そういや書初めに「玉の輿」って書いてたよな。夢叶ったじゃねえか」

楽しい食事であったはずの空気が銀時の一言でガラッと変わった。新八は手を止める。

「ちょっと銀さん!!何言ってるんですか!?」
「そうアル。男の嫉妬は醜いアル。そういうのは給料をまともに払ってから言うよろし」
「オメーら給料給料うるせーんだよ!どうせ名前も旦那の金にでも吊られたんだろーが。あーあ、女は金金うるせーなぁ~」

銀時にはこの言動が嫉妬のせいなのかわからなかった。何に対する嫉妬なのか。
銀時は完全に暴走状態で、新八の制止の声も彼の耳には届かなかった。ペラペラと思ってもいない事を口に出し、名前と夫の何から何までいちゃもんをつけるかのように語りだした。しかし、その勢いが止まった。土砂のように勢いよく苗字家を襲った愚痴をピタリと止めた一言が、まさかのばぁばから発せられた。

「今、なんとおっしゃいました?」

先ほどまで客人をもてなすように、ニコニコした笑顔で仕えていたばぁばだったが、同一人物とは思えないほど低い声が部屋に響いた。

「あぁ?何度でも言ってやるよ。嫁が嫁なら旦那も旦那だ。2人揃って成り上がりなんだよ!」
「ほう、成り上がり。先程から聞いていれば、旦那様と奥様になんという口の利き方。これは苗字家を侮辱していると捉えてよろしいですね?」
「勝手にしろクソババァ!」

ばぁばに暴言を吐く、みっともない大人を新八が抑え込もうと立ち上がったが、それよりも早くばぁばが銀時の服の襟を掴んだ。

「このばぁば、苗字家に仕えて60年。旦那様と奥様、ましてや苗字家を侮辱する者は生かしてこの屋敷から返しませんぞ!!旦那様、この若造に作法を叩き込んで参ります。少々お待ちくださいませ」
「な、何すんだこのババ……!」

強引に部屋から銀時を連れ出そうとするばぁば。それに抵抗する銀時。再びばぁばに暴言を吐こうとしたが、銀時の首元に銀色に輝くものが当たる。
ひんやりとしたその感触に、銀時の額には冷や汗が浮かぶ。暴れていた身体が大人しくなるとそのまま部屋から連れ出された。
ぽかーんとした顔でそれを見送った新八と神楽。

「えーっと、ごめんなさいね。ああなったばぁばはもう止まらないの」
「ぼ、僕達様子を見に行っても……」
「うん、そうしてくれる?……そうだ、デザートがあるの。準備してくるわね」

銀時が心配な神楽だったが、デザートという言葉によだれが垂れる。銀時のことなんか忘れてしまったと言わんばかりに、正座に背筋を伸ばして名前が台所へ向かったのを見送った。名前と入れ違いに、従者が部屋に入ってきた。

「旦那様、お時間です」
「あぁ。……申し訳ないですが、これから仕事の時間なので私はこれで失礼しますね。坂田さんには失礼な事をしてしまいました。名前の古い友人との事なので、また遊びにいらしていただきたいのですが……。新八くん達だけでもまた遊びに来てくれると嬉しいよ」
「とんでもないです!!銀さんが失礼なことばかり申し訳ないです!!」
「またばぁばのご飯食べたいアル!」
「そう言ってもらえて嬉しいですよ。それでは失礼します」

そう言って名前の夫は出て行った。家主の2人が部屋を出て行ってしまった2人は、仕方なく銀時のいるであろう部屋へと向かった。

ガタガタと騒がしい部屋からボロボロな姿の銀時がやつれた顔で出てきた。
ばぁばのお説教からやっとの事で解放された銀時。縁側に座り込み、空を見上げてため息を1つ。

「……。何やってんだ、俺」
「本当だよこの大馬鹿野郎!!!天邪鬼にもほどがあんだろうが!!」
「サイテーのクソ野郎アル!!クソ童貞!!!」

新八と神楽が銀時の背中を蹴り上げる。見上げていた頭は、蹴られた事により地面を見つめる。というよりは、地面と身体がくっつく事になった。そのまま数メートル地面を滑り、庭にあるため池の前で停止した。それからすぐ銀時は起き上がり、勢いよく振り返る。

「イテテテテ!!!何すんだオメーら!」
「それはこっちのセリフです!」
「こっちのセリフアル!」

新八と神楽の声が重なる。
団子屋での名前への想いを聞いた新八と神楽。しかし、いざ屋敷へと招かれた銀時の言動に、2人の感情は呆れを通り越して怒りに染まっていた。倒れこむ銀時を袋叩きに蹴り合う。

「前回──あの時掴めなかった手を、今度こそ掴んで離さない、とかかっこよく決めといて何ですか今の態度!不器用通り越してもう童貞ですよ!」
「まだ毛の生えてないガキの方がよっぽどマシな口説き方するネ!」
「いででで、うっせーお前らに銀さんの気持ちがわかるかぁ!?死んだと思ってた奴が生きてた上に他の男と結婚だァ!?ふざけんな!銀さんの青春返しやがれってんだ!!」

身体の痛みか心の痛みか、涙目の銀時が叫ぶ。その姿を見て新八と神楽の足が止まる。
銀時はブツブツと、バレンタインがどう、あの時チョコを、など言いながら服や髪型、身なりを整えながら銀時が立ち上がる。

「銀さん、名前さんの事本当に……。ちょっと、どこ行くんですか!?」

立ち上がり、頭をかきながら、名前が帰っていった方とは真逆の方向へ歩き出す銀時。それを止めようと新八は動くが、神楽によって止められた。

「帰る」

振り返らずに銀時は2人の元を去った。寂しそうな背中を、2人はただ見送ることしかできなかった。

「銀さん、本気だったんだ。名前さんが亡くなった後もずっと想っていたんだ。せっかくこうして再会できたのに」
「……銀ちゃんの気持ちはわかったアル。あとは名前の気持ちアル!銀ちゃん言ってたネ!2人は恋に落ちたって!」
「神楽ちゃん……銀さんの妄想かもしれないけど、妄想かどうか確かめてみよう!」

「あら、おかえりなさい。デザートの用意出来てるわよ」

新八と神楽が元いた部屋へと戻ると、すでにデザートのフルーツポンチを4人分用意し終わっていた。銀時の姿が見えない事に気付いた名前が首を傾げる。
新八と神楽は顔を見合わせて困った顔をしてから席に着いた。その様子から悟った名前は何も言わずにフルーツポンチの1つを神楽の目の前へ移動させた。

「お腹いっぱい、ハッピーネ!名前優しい人アルな!」
「全く、銀さんってば、こんな良い人にあんな言い方しなくても」
「いいのよ。それより2人ともお家は大丈夫?もうこんなに暗くなっちゃって」

名前が外を見上げると、夕日はもう沈んでしまっている。3人が初めて出会ったのは昼過ぎの事だったので、それから相当な時間が経っていた。
新八も名前につられて空を見上げた。オレンジ色の空に黒い烏が自由に飛び回っている。

「本当だ、もうこんなに暗く……。じゃあそろそろお暇させてもらおう……じゃない!神楽ちゃん本題に入らないと!!」

忘れかけていたが、ギリギリのところで本題を思い出した新八が神楽に提案した。神楽は完全に忘れていたようで、一瞬頭にハテナを浮かべ首を傾けた。

「忘れてたネ!……名前は銀ちゃんと友達アルか?」
「友達、か。友達というかは腐れ縁?私たち同じ先生の元で育ったから、私は一緒に育った兄弟のように思っているけど。銀時の方はどうかしらね」

数時間前の銀時とのやり取りを思い出して苦笑いを浮かべる名前
新八と神楽が顔を合わせると、新八が強く頷いた後に名前にこう投げかけた。

「つかぬ事をお伺いしますけど、銀さんとは……その、恋人関係とか、友情を超えた何かとか」
「あっはは!私と銀時が?ないない!」

上品に、口元を隠しながら名前が笑った。デリケートな話に首を突っ込もうとした新八は、名前の表情に少し驚く。

「でも、銀ちゃんバレンタインにチョコもらったとか呟いてたアルよ?」
「ふ、あれはたまたまチョコに砂糖を混ぜちゃって、気持ち悪いくらいに甘くなった失敗作をあげただけよ」

くすくす、笑いを堪えきれずに笑いっぱなしの名前。新八と神楽はお互い顔を見合わせる。

「さっき言った通り、兄弟のような距離感だったから、毎日取っ組み合いの喧嘩ばっかりしてたのよ。お互い毎日顔に引っかき傷作っては、その度に先生にゲンコツ食らって……。今でこそ私も銀時も大人しいけれど、昔は本当に喧嘩ばかりしていたの。うふ、なんだか思い出したら懐かしくなってきたなぁ」
「そっか、やっぱり銀ちゃんの幻想だったアル」
「あの、もう少し苗字さんの事聞いても良いですか?」
「いいわよ、どんどん聞いちゃってね。久しぶりに昔の事思い出せて私も楽しいわ」

名前は湯呑みに口をつけながら、新八や神楽からの質問に次々と答えていく。攘夷戦争の事や、名前の夫との出会い。名前は全く恥じる事なくどんどん答えていく。

「じゃあ死にかけの所を今の旦那に助けてもらったアルか?」
「そうね、それでそのまま結婚したの。私ったら本当に瀕死だったみたいで、数ヶ月寝たきりだったみたい」
「だからしばらく銀さんと再会できなかったんですね。それにしても無事で良かったです」
「危なかったネ。もう少し再会が遅かったら、あるはずない名前の墓を探しに行くつもりだったヨ」
「私もそろそろ銀時の墓を探しに行こうと思ってたのよ?なんだかホッとしちゃった」

3人は呑気に飲み物を啜った。
苗字家の前で3人が出てくるのを待つ銀髪頭の存在には気付くことはない。

名前本当にありがとネ!またお話したいアル!」
「今度もたっくさんお話しましょう。じゃあ万屋さん、これからもあの馬鹿をお願いしますね」
「はい!苗字さん、気をつけて!」
「2人も気をつけて帰ってね」

その後もたわいも無い会話を繰り広げた、3人の間には笑いが絶えなかった。しかし、もうすっかり暗くなってしまった事に気付き、この場はお開きになった。

「それにしても、銀ちゃんとんでもない勘違い野郎ネ」
「あんな今にも泣きそうな銀さんは初めて見たけどね。なんだ、勘違いの片想いじゃないか。いい大人が恥ずかしい」
「だァれが勘違い野郎だって?」

帰路につく2人の頭を後ろから掴む男性。もちろん銀時であり、嫌味ったらしくニヤリと笑う。

「なにテメーら楽しくお茶会してるわけ?あーヤダヤダ。誰のおかげであんな飯食えたと思ってるわけ?名前と俺が知り合いじゃなかったらありえないからね」
「嫌なのはこっちアルよ!心に決めたって何アル!?2人は恋に落ちたとか嘘ついてんじゃねーヨ!」
「なに?弱みでも握られたか?」
名前はそんな酷い事しないネ!」
「はっ、オメーが名前の何知ってるってんだよ!ガキん時、俺の饅頭に激辛唐辛子入れた女だぞ?」
「それは銀さんが苗字さんの事を馬鹿にしたからでしょーが!僕たち色々聞いたんですからね!」

数時間のお喋りで銀時と名前の色々な過去を知った2人は、必死に銀時に抵抗した。

「馬鹿!あれは違ぇよ!ヅラの方がまだ女に見えるっつう事実を述べただけで」
「それを馬鹿にするって言うんですよ!」

歩きながらぎゃあぎゃあと喧嘩を始めた3人。喧嘩の内容も手や足が出て、段々とヒートアップしていく。
喧嘩をしても向かう足は、向かうべき所に行くものである。気付けば万屋の目の前まで来ていた。

「神楽、てめーは今日新八んとこ行きやがれ!ぜってー家には入れねぇからな!!」
「言われなくても!このまま銀ちゃんと一緒に居たくないネ!新八帰るアルよ!」

神楽は怒りが収まらないまま、万屋の前で銀時と別れた。あっかんべーと銀時の後ろ姿を睨みつける。新八の方はだいぶ冷静で、神楽を抑えながら歩き始める。

「あの怪力娘!親の顔が見てみてぇよ。……あ、あのハゲか」

1人玄関の扉を開けた銀時。脱ぎ捨てるように靴を蹴飛ばし、荒れた様子で部屋の奥にある社長椅子に腰掛ける。足は机の上に投げ出し、手は頭の後ろで組んだ。大きなため息をついて目を閉じると、今日の出来事がフラッシュバックしてくる。

「……結局渡すの忘れちまったな」

懐から一本のかんざしを取り出すと、自嘲するように1人呟いた。
帰ると言った銀時だったが、本当はこれを名前に渡すために一度帰宅したのだった。しかし、プライドやタイミング、そのた諸々の事情で渡せず、結局再び家に持ち帰ってしまったのだ。
ため息をついてから目を閉じると、数年前の記憶が昨日のように蘇る。

「──かんざし?私の髪じゃ短くてかんざしなんて付けられないけど?」
「──生きて帰るぞ。その頃にゃ、お前の髪もヅラぐらい長くなってんじゃねえの?」
「──流石にあの長さは無理よ。……でも、そのかんざしくれるってんなら、似合うくらいに髪の毛伸ばしといてあげるわ」

攘夷戦争に赴く直前、銀時が名前に買ったかんざし。戦争が終わったら付けると言う約束だったが、かんざしは今名前ではなく銀時の手にある。
あの時、友人が言った。

「──南東の部隊が全滅した。天人は一掃したみたいだが、相討ちのようで誰一人生き残った者はいないらしい。銀時、名前はおそらく……おい、銀時!」
「──馬鹿言ってんじゃねえ!あいつは約束したんだ!」

急いで名前が派遣された戦場へと急いだ。
しかし、情報通り誰一人息をしているものはいなかった。
あちこちに死体の山。天人も人間も、皆無残な死体となっていた。

「──……酷い有様だな。銀時、諦めろ」
「──うっせーヅラ!まだあいつの死体を見てねぇ内は死んだわけじゃあ……」

死体の山を掻き分けて名前の姿を探す銀時に、それを制止する桂。桂の制止を振り切って死体を漁ると、どこから落ちたのか一つのかんざしが転がった。

「──かんざしか?何故こんな所に……。銀時?」
「──……帰るぞヅラ。ここにはもう何もない。何も」

かんざしを握りしめて、銀時は桂の横を通り過ぎる。さっきまでとは打って変わった銀時の言動に桂は驚きを隠せない。やがて、かんざしと銀時の言動を理解した桂も戦場をあとにした。

「なんだ、やっぱり生きてたじゃねーか」

目を開けて手の中のかんざしを見る。
名前は確かに生きていた。目の前に存在していた。銀時の幻想なんかじゃなかったのだ。

「──でも、そのかんざしくれるってんなら、似合うくらいに髪の毛伸ばしといてあげるわ」

あの時、いたずらに笑った名前の顔を、銀時は忘れられなかった。最後に見た名前の笑顔。昼間に会った時の上品な笑い方とは違う、皆といる時の子供のような笑い方が脳内でリピートされる。
しかし、

「随分と髪が伸びたようだが、それ似合ってないからな?もしかして旦那の趣味?やめとけやめとけ。大体男の趣味に合わせて髪型変える女なんてなぁ……」
「そっか、似合ってないか。うん、私といえば短髪だもんね」

昼間のやり取りがそれを遮る。
銀時自身取り返しの付かない事を言ったのは自覚していた。だからこそ謝ろうとこのかんざしを持ち出したのだ。結局それも出来ずに終わってしまったのだが。

「ちくしょう。髪、伸びすぎだろ。ヅラと見分けつかねぇっての」

銀時以外誰もいない部屋で、寂しく呟いた言葉じゃ名前には何も伝わらない。