なんやかんやで苗字邸にたどり着いた2人。玄関先ではばぁばが出迎えるが、急いで出てきたようで老眼鏡をかけ忘れていた。
「はて、旦那様如何致しましたか?髪が白髪に……。目も死んだ魚のような、覇気がなくなっておりますぞ。それにそのだらしのない服装。緩みきった顔。これでは仕事をなくし、パチンコと酒に溺れる元バンドマンですぞ」
「誰が元バンドマン現無職だクソババア!!」
「ばぁば、眼鏡眼鏡」
ばぁばの胸ぐらを掴んで叫ぶ銀時を抑える。どうやらばぁばは、銀時を名前の旦那と見間違えているようだった。名前が急いでばぁばに老眼鏡をかけさせた。
「むむ、先日の無礼者ではございませんか。奥様、この様なドブで生まれ育ったような男を、二度とこの苗字邸に招き入れるべきではないとあれほど……」
「なんだこのババア。さっきから人様をゴミを見るような目で見やがって。老人ホームにぶち込んでやろうか」
「ばぁば。申し訳無いのですが、もう1人分の夕食をお願いできますか?」
銀時の口を封じながら、名前はばぁばに尋ねる。ばぁばは夕食の手配が済んでいることを名前に伝えると、2人を部屋へ案内する。どうやら名前の旦那は、急用で今夜は帰れなくなったようで、その分を銀時の食事に回すようだ。
「んだよ、せっかく旦那サマに会いに来てやったのによ」
「仕事で帰ってこれないなんてしょっちゅうよ。それにしても、ご飯が無駄にならなくてよかった」
次々におかずを頬張り、マナーなんて無視して汁物を音を立てて啜る銀時に呆れる名前。だが、がっつく銀時の姿を見て、少しだけ微笑んでいる自分がいる事に気づく。銀時と再会してから呆れっぱなしだが、こうして2人きりで過ごすのは久しぶりだった。
「……寂しくねぇの?」
名前の気持ちを知ってかどうかわからないが、お椀の中の食べ物を書き込みながら銀時が言った。しばらく、もぐもぐと咀嚼音だけが2人の間で響いた。
「……、うん。忙しい人だからね、仕方ないの」
「ふーん。旦那何してんの?」
「夷労会って知ってる?その顔は知らない・興味ないって顔ね。簡単にいうと、攘夷浪士被害者の会。あの人は、その会の会長をやってるのよ。まぁこれは趣味の方なんだけどね。今日はその趣味の方が忙しいみたい」
「ふーん。で、お前はあの後から俺と再会するまで何してたの?」
自分から質問しておきながら興味のないような口ぶりで話題を切り替える。あの後、というのは2人が参加した攘夷戦争の事で、その後から昨日再会するまでの間何があったのか問う。
「ごめん、それを先に話すべきだった。確かあの時、天人を殲滅させるのが私の使命だったよね。使命通り天人は1匹残らず殲滅させたけど、私も重度の怪我を負ったみたい。その時に今の夫に助けられたの。それでなんやかんやで結婚して、お小遣い稼ぎに真選組の屯所で働いてるの」
「そーかよ。ま、言いたいことは山ほどあるけどよ、とりあえず安心したわ。おーいクソババアおかわりくれや」
名前の話を適当に相槌をうって聞いていた銀時。部屋の隅で待機しているばぁばにおかわりを要求する。ばぁばは銀時に対して文句を言いながらも、空になったお椀を持ち部屋を出た。
「私も安心したよ。小太郎ってば銀時の話全くしないんだから、てっきり銀時が死んだのかと思って墓でも探しに行こうかって」
音を立てずに汁物に口をつけた名前。やはり白味噌の味噌汁は美味いと、満足げな表情。しかし、銀時は飲み途中であった緑茶を口から吹き出す。汚い、といった如何にも嫌そうな顔をした名前が睨むが、そんな些細なことは彼にとってどうでもよかった。
「おいちょっと待て。今なんつった?ヅラ?ヅラがなんだって?」
「だから、小太郎が銀時の話全くしないから私が銀時の墓を探しに行こうかなって」
「オイ!なんでヅラとは会ってんだよ!俺より早くヅラと再会してんじゃねぇ!なんでこんな大事な事黙ってんだあのヅラ!!」
ひたすらヅラと連呼する姿を見て不思議そうに首を傾ける名前は、当然のように別の人物の名前もあげた。
「辰馬とも会ったわよ?夫の仕事の取引先みたいで、結構な頻度で会ってるの」
「なんで誰1人として俺の話しといてくんねーの!?逆にお前ら何の話したの!?というか、お前真選組の女中やってる癖にヅラと会ってんの!?」
「大丈夫よ、私があったのはキャプテンカツーラさんだから」
「真選組の目は節穴か!あーー!!」
頭をぐしゃぐしゃかきながら叫び散らす姿を見て、名前は呆れることをやめ、懐かしさに浸る事にした。ドタバタ地団駄を踏むクソガキ。部屋が散らかるが、あとでばぁばに謝っておこう、そう心に決めてから箸を置いた。
ちょうどいい事に、ばぁばがおかわりを持って部屋へと戻ってきた。叫ぶ銀時を見ても特に気にすることなく、お盆の上のおかわりを机の上に置いた。その後、名前はばぁばに食器を片付けるように頼み、銀時が食べ終わるのを待とうとした。
「みんな銀さんを置いてきやがって。孤立させようたってそうはいかねえぞチクショウ。おいババア、こいつのクソ旦那は今どこに……」
食器を片付けていたばぁばに、銀時が名前を指差しながら旦那の居場所を聞こうとした。が、クソ旦那という言葉がばぁばの耳に届いた瞬間にばあやの動きがぴたりとと止まった。まずい、名前がそう思った時にはすでに遅く、ばぁばはゆっくりと銀時の方へ振り返った。
「クソ旦那……?貴様またも旦那様を侮辱したな!」
「イデデデデデ!何すんだこのババア!!」
「ばぁば落ち着いて!」
まるで般若の面をつけたようなばぁばが、懐から短刀を取り出し銀時の首にあてた。危機を感じた名前は、急いでばぁばを制止するが、ばぁばの手は銀時の髪を掴む。デジャヴだ。
ばぁばと銀時が別室に消えてから、静かになった部屋に1人取り残された名前。別室から銀時の叫び声が聞こえていたが、突然物音が聞こえなくなる。そこでようやく銀時のことが心配になった彼女は、2人がいるであろう部屋に向かった。
「先程は失礼致しました。旦那様は一体どこにいらっしゃるのでしょうか!!」
恐る恐る襖を開けた名前。彼女が見たものは銀髪パーマではなかった。黒髪パーマで、きっちりとした服を身にまとう銀時もどき、黒時とでも言える男性の姿だった。ばぁばの粛清を食らったのだろう。すぐには銀時とはわからず、夫が帰宅したのかと思った名前だが、声で銀時だと察した。
「あはは、黒時だ。流石ばぁばの粛清。銀時がまともな人間に見える」
「どうなってんだよこのクソババ……お婆様は」
再び懐から短剣を抜こうとしたばぁばの姿を見て言い直す。先日はこの粛清を食らう前に、神楽と新八がなんとかしてばぁばをなだめたのだが、今日はその2人も不在。ついに粛清を食らってしまった。
「まぁさっきのは銀時が悪いよ。……それにしても似てるなぁ」
「誰に?小栗なんたら?最近よく言われるのよねぇ」
「それもそうだけど。旦那様に」
スプレーで黒く染められた元銀髪を、名前がいじりながら言った。たしかに名前の夫は、銀時の髪を黒く染めて、癖を減らしたような髪型をしていた。今の銀時を後ろから見ただけじゃ夫と見間違えるほど似ていた。
感心するように呟いた名前の言葉だが、すぐさまばぁばから否定の言葉が飛び出してくる。
「奥様、似ているのは髪型と髪質だけでございます。それ以外は旦那様の劣化……いや、比べるにも値しない猿ですぞ!」
「わかってますよ。それにあの人は天然パーマじゃなくて、癖っ毛だしね」
あははと笑う名前と、真剣なばぁば。その2人を見つめる銀時だが、ただひたすらに自分が罵られている事が不愉快で仕方なかった。
「てめーらいい加減に……あら?」
拳を握り立ち上がった銀時だが、突然の出来事に言葉が飛んでしまった。
屋敷の灯りが急に消えたのだ。
「すぐさま確認して参ります。しばしお待ちください」
電灯の紐を何度も引っ張るが電気がつく様子はない。電球が切れたのかと廊下に出るが、ほかの部屋も真っ暗であったため、ばぁばが確認するために部屋を出た。
取り残された2人は、なんとか自然光でお互いの位置を確認する。
「停電?待ってて、確か懐中電灯があったはず……。これだ」
部屋の隅に備えてあった懐中電灯を手探りで手に取り、スイッチを入れると光に照らされた銀時の顔。
「うぉっ眩しっ!!」
「ぎゃあ!!……銀時か、ごめん」
「人の目潰しといて、顔見て悲鳴あげるのやめろ。傷付くから」
「ごめんて」
電気が回復するまでの間、この懐中電灯で過ごす事にした2人。
しばらくの間、2人とも特に喋る事もなく黙っていたが、名前の服に引っ張られる感覚が。
「……怖いの?」
「いやァ別にィ?お前が怖がってんじゃねーかって心配になっただけだから。お化けとか、あのクソババアとか全然怖くねぇし?」
銀時が名前の服を引っ張るように密着する。引っ張る手が震えている。明らかにビビっている銀時に、名前はニヤリと笑った。
「ふーん。……きゃあ!」
「ぎゃああああ!!」
イタズラ心と、昨日の銀時の態度への仕返しに、わざと悲鳴をあげた名前。その声を聞いてさらなる悲鳴をあげる銀時。びっくりしすぎて、名前の身体に腕を回している。ぎゅっと強くくっついてくる銀時に、名前は大声で笑う。
「嘘だよ。そんなに怖いならお手手でも繋いであげようか?」
「よろしくお願いします!!」
「正直でよろしい」
震えまくっている銀時の左手を名前の右手が掴んだ。手から伝わる振動に名前は笑いを堪えるので必死だ。
「にしてもババア遅くねぇか?」
「たしかに。それに他の人の声も聞こえないし……」
停電になったのなら、家にいる使用人の何人かが慌てるなり、安否を確認するなり、何かしらの動きがあるはずだ。しかし、誰の声が、足音が聞こえるわけでもなく、ただただ時間が過ぎていった。それにばぁばが部屋を出て行ったきり、帰ってこない。
様子を見に行こうと2人は立ち上がって、懐中電灯片手に部屋を出た。当然屋敷の構造を知っている名前が前を歩くが、その後ろを歩く銀時は名前の手を引っ張る。
「やめとけやめとけ。まじで怖いから!きっとあれだよ、あのババアはこの混乱に乗じてつまみ食いで食った饅頭でも喉に詰まらせてんだ!」
「それなら余計危ないじゃない!」
「どうせもうすぐ消える生命だったんだよ!それが少し早いか遅いか……?」
くだらないやり取りをしていた2人だったが、奥の部屋、暗闇の中から微かに聞こえたうめき声に耳を傾けた。
2人が立っている廊下は外に面しているので月光で周囲が確認できる。しかし、うめき声が聞こえた廊下の先は角になっており、左に曲がると屋敷の中心の部屋につながる。電灯がないと真っ暗な廊下であった。
「おいクソババア!つまみ食いなんて禁忌を……」
「ばぁば……!?」
懐中電灯で照らされた廊下にばぁばが倒れていた。それだけでなく、奥にはほかの使用人の姿もある。みんな倒れている。そしてその身体の周りには血溜まりが。
「おにげ、ください」
2人とも一瞬身動き出来ずにいたが、ばぁばが力を振り絞って出した声に我に帰る。銀時はすかさずばぁばや、使用人の元に駆け寄った。
「おい何があった!?」
「──貴様、苗字家当主だな?」
ばぁばを揺さぶる銀時の頭上から、男の声が降り注ぐ。瞬時に腰の木刀を構えた銀時が降りかかる刀を木刀で受け止める。
いつの間に立っていたのか、真っ黒い服を着て顔を布で隠している男の姿。銀時を家主と勘違いし、刀を振り下ろしてきたようで、銀時が木刀で受けとめる姿に動揺している。
「剣術の心得があるとは聞いていないぞ?」
「そりゃ旦那サマの話だろーが!残念ながら、俺は旦那サマじゃねえー!!」
銀時が文句を言いながら木刀で相手を押しやる。そこにすかさず、名前が男の顔めがけて懐中電灯の光を当てる。眩しさに男がよろめいた瞬間を見逃さなかった銀時が一振り。死んだわけではないが、男が床に倒れる。
「ったく、勘違いストーカー野郎かよ。ケーサツ呼ぶぞゴラ」
「……ばぁば、みんな」
名前がばぁばの脈を確認するが、すでに息を引き取っているようで、名前の呼びかけに反応する事はなかった。
「こいつらの仲間がいるかもしれねぇ」
男の顔を隠している布を銀時が取り、顔を確認する。この男だけでなく、他にも刺客がいるかもしれないと銀時は立ち上がる。
「で、こいつと面識はあんのか?」
「ない。でも、あの人を殺そうとしていたのなら、こいつらは多分攘夷浪士」
「攘夷浪士?なんでそんな奴らが」
男の顔を確認した名前が顔を上げたその時。視界の隅、高台が怪しくキラリと光った。まさか、と反射的に名前は立ち上がって銀時の前に立った。
「銀時危ない!!」