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10 回想

「──あの時、僕も攘夷戦争に参加していたんです。父の、夷労会のやり方に反抗していた僕は、ただ反抗するためだけにあの戦争に参加したんです」

男が話始めると、銀時はただただその話に耳を傾けた。外では真選組と攘夷浪士の雄叫びが混ざり合う。その音は、攘夷戦争当時の戦場と同じものだ。

「──あんた、別に攘夷の為に参戦した訳じゃないでしょ?」

運、偶然、奇跡、そのどれかわからないが、死と隣り合わせの戦場で男はその日まで生き延びることができた。父親に反抗するためだけに参加したこの戦争だったが、昨日まで酒を酌み交わしていた相手が今日はいない、同じ毎日を繰り返す次第に男は恐怖に飲み込まれていた。そんな時、部隊長であった名前が声をかけた。
男のように短く切り揃えられた髪。彼も最初は男だと思っていたが、口を開くと意外にも高い音が響いた。

「え?」
「わかるのよ、そのマヌケなへっぴり腰姿やら、いいとこ育ち特有のまったりとした雰囲気。あんた、遅すぎる反抗期でこの戦争に参加して、運とか奇跡とかそういうので今日まで生き延びたんでしょ?」

一応教養として習った剣術だったが、やはり素人というのは他の者にも伝わっていた。その姿が気になって仕方がなかった名前は、苛立ちを抑えきれずついに男に声をかけたのだった。
図星をつかれた男は、何も言い返せずただ地面を見つめた。その姿にわざと大きなため息をついた名前は、男の腕を強引に引っ張ると人目に付かない建物裏へと連れ込んだ。

「次の出陣であんたは逃げな。次の拠点の近くに小さいけれど村があるの。そこまで私が送り届けてあげる。クソみたいな村だけど、身は隠せるわ」
「どうしてそんな、僕のために?」
「あんたの為じゃないわ。大事な恩人の教えよ。……私は大切な者を取り返すためにこの戦いに参加したけど、あなたは違う。命は無駄にするもんじゃないわ」

かつて師に分け与えられた命。その命を無駄にしない事、それは名前にとって絶対に守り抜く支柱になっていた。
名前は続けた。

「目的地まで護衛してやるって言ってんの」
「でも、それじゃあ君が危なくなったら僕はどうすれば!」
「んー、それは考えてなかったな。私負けないつもりでいたから」

頭をかき、唸る名前に男は苦笑いを浮かべた。甘い考えをする彼女に、再びこの戦争に参加した事を後悔した。

「ま、その時はその時!私の事はほっといて、自分が生き残る事を考えなよ」
「そんな事できない」
「あのねぇ!戦は自殺するための手段じゃないの!!」

それだけ言うと、男が止める声も聞かずに隊員が騒ぐ中心地へと駆けて行ってしまった名前
銀髪の男と言い争い、長髪の男と談笑する名前の姿を、男は陰ながらに見送った。
彼女の足元にも及ばない刀の腕で、強敵を前にして一体自分は何ができるのか。男は悩んだ。しかし、結論が出る事もなく、その日が来ない事を祈る事に専念する。

やはり名前の考えは甘かった。この戦いが戦争と言われている意味を思い知らされる。男の祈りは神には届かなかった。

「このままじゃ押し負けます!!」
「くそ、救援信号はまだ!?急げ!!」

数では天人の軍も、名前の部隊も大差はなかったが、人間と天人では強さは歴然だった。
名前は救援の合図を急ぐが、合図を送ろうとした隊員は天人の手によって命を奪われる。

「ぐっ、こんなところで死んでたまるか!せめて、相討ちにでも……!?」

数々の攻撃をかわしては跳ね返し、斬りつけ押し退け。それでも限界はあった。勝利の2文字はとっくに名前の頭からは消えていた。せめて、生き残った仲間に有利になるように立ち振る舞うしかなかった。
ふと視界に映った男に目を見開いた。

「あんたまだこんな所にいたの!?さっさと逃げろ!せっかく村の近くまで持ちこたえたって言うのに!!」

先日名前に図星をつかれたあの男だった。拠点近くにある村の付近にまで、なんとか無事に、仲間にバレないように送り届けたはずだった。その男が、部隊に戻ってきていたのだ。
当然のように弱い男は残り数名の天人に囲まれており、絶対絶命だった。他の残った隊員も次々に倒れていく中、名前は彼の姿に目が離せなかった。
一気に周囲の天人を振り払い、その命を奪い、一刻も早く男を助け出さなければいけない。名前の頭には、これが攘夷戦争である事はもうどうでもよく、男の命を守る事しかなかった。

「先生、私馬鹿だ。こんな男の為に……」

男の前に飛び出して、降りかかった刃を受け止める。薙刀で一度はその衝撃を受けたが、その勢いに耐えきれず刃は名前の体を斬り裂いた。焼けるような痛みを、恩師への想いで振り切り、雄叫びと共に再び柄を握りしめた。

「うおおおおぉぉ!!!」

──返り血なのか自身の血なのかわからないものが私の服に纏わり付いた。生暖かいような、冷たいようなそんな感覚。無我夢中で、この場にいる天人を全員殺す事だけに命を注いだ。
次々に倒れる仲間を視界の隅に捉えたまま自嘲する。こんな戦争と無関係な奴と仲間を秤にかけて、男を選んだ裏切り者だ。たとえこの戦争を勝ち抜いても、戻った先で仲間は私を許してくれるだろうか。恩師は笑ってくれるだろうか。こんな馬鹿な私を──。

「先生、わたし、私はッ!!」

何分あるいは何時間経ったのか、名前にはわからなかった。目の前には死体の山。尽き掛けの命を持って戦い抜いたその先には何もなかった。仲間も、恩師も。
曇り空からは、ポツポツと数量の雨が名前の体にこびりついた血を洗い流そうとする。一滴の雫が名前の頰に落ちた。その冷たさで名前は我に帰る。きつく握りしめていた手は緊張が解けたように力が抜け、持っていた薙刀が地面に叩きつけられる。身体も力が抜け、膝から崩れ落ちた。
体勢が崩れたと同時に、懐から涙のように青いガラス玉がついたかんざしがこぼれ落ちた。
しかし、ガラス玉は血に染まりつつあり、澄んでいた青も赤と混じる。

「ごめん銀時。せっかくくれたかんざし、汚れちゃったよ」

かんざしを手に取った名前が悲しげに呟いた。ポタポタと雨ではない雫が地面に落ちて模様を描いた。

「ごめん、わたしもう……」

痛みが、感覚が正常に戻ってきていた。斬られた傷は深い。恩師や仲間との記憶でなんとか保っていた身体も既に限界だった。膝がガクガクと震え、とうとう身体を支える事も出来なくなり倒れこむ。名前の周りには血溜まりが出来つつあり、その出血のせいか意識が朦朧とし始める。

名前

誰かが名前を呼んだ。そんな気がして名前は顔を上げた。
目の前で笑顔で名前を迎える松陽や銀時の幻想。その幻想に、必死に手を伸ばす。

「みんなで松下村塾に戻ろう」

幻想の中のみんなも名前に向かって手を差し伸べる。しかし、その手に触れる事はなかった。

「──泣きながら戦う彼女を見て、僕は取り返しのつかない事をしたと思い知りました。助けてくれた彼女に、自分ができる事は何か。だから彼女の手をとりました。でも、元はといえば自分が招いた事なんです。それをまるで僕が彼女を助けたなんて……」

男は吐き捨てるように言った。嘲笑うような濁った瞳は伏せられ、銀時からは様子がうかがえない。

「命なんて、お金で買えないものを救ってもらったお礼なんて、馬鹿な僕には彼女に尽くすことしか考えられなかった。だから、彼女には不自由のない生活を提供したつもりです。……その代わり、契約をしたんです」
「……契約?」

それまで黙って話を聞いていた銀時が首を傾げた。男は自身の左手の薬指にはめている、名前のものと同じ銀色の婚約指輪を見つめた。

「結婚とはある種の契約なんですよ。この指輪をしている限り、刀ではなく包丁を握ること。つまりもう攘夷やら、命をかけた争いに関わらないで、僕に料理を作って欲しい。……救ってもらった側なのに、勝手ですよね。不自由のない生活を与えようとしたはずなのに、逆に彼女を縛り付けてました。そして彼女はその契約を破って僕なんかを助けにきた」
「そーでもねえよ」
「え?」

ごそごそと懐を漁り始めた銀時を、男が驚いた顔で見守っている。何度か違うものを取り出した後、ようやくお目当ての物を見つけた銀時が安堵のため息をついた。

「ほらよ、その契約の証ってこれだろ。あの屁理屈女がやりそうな事だ」
「えっと、どうしてあなたがそれを?」
「この指輪をしている限り、の契約なんだろ?なら、今は指輪はしてない事になる。指輪してねェなら刀振り回そうが、薙刀振り回そうが、他人を振り回そうが自由だ」

銀時は、部屋に差し込んだわずかな月明かりに婚約指輪を照らした。
その様子を唖然とした表情の男が見つめた。そんな屁理屈……、と途中まで考えた所で思考を停止させた。

「くだらねェ惚気話なら後で聞いてやるよ。……いや、聴きたくねーわ」
「……屁理屈女、か。あなた、本当に名前の事が好きなんですね。悔しいな、僕は彼女と婚約している身だっていうのに、あなたの方が名前に詳しい」
「ったりめェだろうが。何年一緒に居たと思ってんだチクショー」

銀時は男の肩を支えながら歩き出した。

「金さえ払えばなんでもしてくれるのが万屋銀ちゃん、なんですよね?神楽ちゃんがそう言ってましたよ」
「あ?確かにそうだが、お宅見たいな金持ちからはこれでもかってくれェふんだくるぞ?」
「あはは、それでいいですよ。僕はあなたが1番欲しがっているものをあなたに託しますね、だから──」
「……、それって──」