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11 最期

「近藤さんの知り合いっつう話であの女をうちで働かせたが、本当にただの女中か?あの動き……。総悟、お前はどう思う?」

下っ端の攘夷浪士をあらかた片付け終わった土方と沖田は、派手に戦うような騒音が響く中庭へと向かった。そこで2人が見た光景は、自分よりも頭2つ分程大きな男と真正面からぶつかり合う名前の姿だった。
大剣を薙刀で受け、かわし、自身も攻撃に転じ男の隙を突く姿は、実戦経験を積んだ者の動きであった。しかし、ただの真選組女中が、一体どこでその腕を鍛えたのだろうか、背後から迫る沖田の攻撃をかわしつつ土方は考える。

「どうやら攘夷戦争に参加していたみたいですぜィ」
「元攘夷浪士か!?つーかなんでお前がそんな事知ってんだ」
「数話前の回想でやってました」
「……そうかァ」

倒れている攘夷浪士の拘束、連行が次々と行われる中、2人は名前の戦いから目が離せなかった。

「副長!正門前から東館の攘夷浪士の確保完了しました」
「おうご苦労。……ついでにこっちも終わったようだ、こっちも連れて行け」

どうやら2人の戦いは決着したようで、塀に叩きつけられた大男の首元に名前が刃を突きつける。お互いかなり体力を消耗したようで、両者の息は荒い。一騎討ちの様子を遠目から見ていた真選組は、2人の周りを包む砂煙が落ち着いてから勝敗の行方を知った。

「惜しい、実に惜しい」
「何度言われても、もう攘夷だ夷労会だなんてどうでもいいの。これからはあの人の側で、2人ひっそり暮らしていくのよ」

駆け寄ってきた真選組に後の事は任せて、名前は薙刀を持ったまま西館の夫の元へと急いだ。

「よかった!」

建物の2階に乗り込んだ名前が銀時と夫の姿を確認すると、安堵の表情を浮かべた。どうやら大怪我を負った夫を気遣い、なるべく追ってとの戦闘を避けたため、中々建物2階から脱出出来ずにいた2人。
名前は邪魔な敵をなぎ払い道をあけると、すぐさま2人の元へ走る。銀時に支えられていない方の肩を名前が支えると、3人で屋敷からの脱出へと向かった。

真選組の手伝いもあり、名前達は屋敷の側で手当てを受けている。軽傷である名前と違って、夫の方は応急処置という形で安静を言い渡された。簡易的に用意された薄い布の上で寝っ転がる夫が、側にいる名前の怪我を見て眉を下げる。名前は夫の手を取り彼に向けて微笑んだ。

「にしても、命を狙われている身でありながら敵陣に1人で突っ込んで行くとは、もう少し頭使った方が良かったんじゃねェか?」

怪我人の真横で当然のようにタバコを蒸した土方が話かけた。

「すみません。一家を人質に取られたとあっては、いてもたってもいられなくて。……お恥ずかしい話、僕は周りの人の支えがないと生きられないのです。……昔から。今もこうして妻に命を救われるなんて、なんて情けない話なのか」
「まァ次からはもうちっと頭を使え。夷労会から真選組への援助で借りがあるからな。近藤さんもアンタには頭が上がらねェようだし」
「それはお互い様ですよ。近藤さんには、真選組には妻もお世話になってますし……」
「はいはい、そういうのは怪我が治ってからにしてください」

先程の禍々しい雰囲気の名前とは違い、いつもの明るく丁寧な女中の時の彼女に戻ったようだ。2人とは違い、少し離れたところで手当を受けている銀時の様子を見に行こうと立ち上がった名前を見送った土方は、自身も元の使命を果たそうと現場の指示に急いだ。銀時も名前も大した怪我はしておらず、ただひたすらに名前の夫の救急搬送を待つのみだった。
そして大方部下に指示を出した所で、土方の胸元のポケットが揺れた。

「もしもし、近藤さんか。あんた今どこに……、迷った?今から山崎をそっちに送る。あぁ、現場は抑えた。あとはあいつの旦那を──」

通話をしながら現場を見渡すが、先程拘束したはずの大男の姿が見えない。代わりに部下の悲鳴が響いた。すぐさま声のする方を見ると信じられない光景に目を見張った。

「あー、ぱっくり折れてる。ザキに謝らないとなぁ」

そう言いながら先程の戦いで真っ二つに折れた刀を拾うために、一度屋敷に戻った名前。山崎から借りた刀は見事なまでに綺麗に折れており、刀として使い物にならなかった。なんとかして破片とともに鞘に収めた。山崎には後で新しいものを注文しておこう、そう思いながら屋敷を出るために橋を渡りはじめた。
しかし──

「一騎討ちってのはどっちかを殺すまで終わらねぇものだ」

拘束されていたはずの男が再び大剣を片手に名前に襲いかかる。まさに奇襲といったところで、一瞬だけ反応が遅れた名前がバランスを崩す。なんとか手に持っている折れた刀を構えようとするが、それよりも早く男が名前の腹部めがけて大剣を突き出す。

「っ!」

名前が橋の端まで吹っ飛ばされる。予想していた腹部の痛みはなかった。それに引っ張られた感覚が前からではなく、後ろから誰かが裾を引っ張ったような感覚だった。何が起こったのか分からず、ゆっくり目を開けた。
しかし、そこに合ったのは赤。名前の頰に生暖かい液体が降りかかる。

「今度は僕が守る、番ですね」

そう言った男は笑顔だった。本来なら腹部を貫通した刃の痛みに、苦痛の表情を浮かべるはずだが、いつものような優しい笑顔で名前に向けて微笑んだ。

「ダメ!!」

ふらりと力なく倒れる夫の身体を必死になって支えようと手を伸ばすが、彼の身体はもう自由が効かないようで流れのまま、ずるりと橋から落下した。なんとか落下前に彼の手を掴む事が出来た名前だったが、掴んだ時にはもう身体が橋から離れていた。
お願いだからこの手を離さないで──。

銀時や、隊員達も目を見張った。一瞬の出来事だったが何かが水面に叩きつけられた音を聞いて我に帰った土方が、隊員に向けて大男の確保の命令を下す。遅れて隊員が大男に斬りかかる。
沖田がすぐさま橋の側に駆け寄って様子を確認しようとしたが、その横を何かが横切った。目で追うよりも早く、銀髪が橋から飛び降りのだ。

近藤が現場に着いた頃、現場は異様な雰囲気に包まれていた。
ずぶ濡れの男女と、隊員の手を借りて海から這い上がる銀時の姿があった。

「よ、万屋ァ!何があった!?」
「うるせーゴリラ!おい救護班早くしろ!!」

急いで近藤は駆け寄ってきたが、それを振り払うようにして銀時は男の元へ急いだ。誰が見ても重傷な名前の夫。必死に出血部を押さえた。押さえながら隣で意識を失っている名前の具合も確認する。特に外傷はないようで、ただ意識を失っているようだった。呼吸もだんだん正常に戻りつつある。

「ったく、泳げねぇのに飛び込みやがって」
「……さ、坂田さん?」

男が意識を取り戻したようで、必死に口をパクパクと動かしている。
2人が橋から落ちた後、急いで銀時も後を追った。必死で2人を救助した現場に近藤は居合わせたようだ。近藤は銀時に言われるがまま応援の救護班を呼んだ。

「今喋んじゃねぇ!惚気話は後で聞くって言ってんだろ!」

傷口を押さえる銀時の手を男が掴んだ。それは弱々しく、今にでも消えそうな蝋燭の炎のようだった。海に落ちたせいで体温も下がり、刻一刻と生気を失っていく手。

「妻の……名前の側に」

そう言うともう片方の手を、隣で気を失っている名前へと伸ばした。地面を這うように必死に伸ばす腕を見て、銀時は彼を名前のすぐ隣へと移した。
男はそのまま名前の左手を取ると、懐から銀時から受け取った指輪を取り出して、彼女の薬指へと指輪をはめた。そのまま触れた手の温もりを、絶対に忘れないように力強く彼女の手を握った。
この手を絶対に離したくない──。
その直後に救護班が到着したが、救護班に対して銀時は首を横に振った。同時に駆けつけた近藤が悔しそうに自身の足を殴りつけた。

「坂田さん、名前が目を覚ました後の事は頼みますね……」

もう片方の手を握ったまま銀時の胸に押し付ける。しかしそれもすぐに力なく地面へ叩きつけられる。
途切れ途切れ、薄れゆく意識を必死に保ちながら男が言った。瞳は真っ直ぐと銀時を見据えて、銀時へ訴えかけた。しかし最後の言葉を放った直後、彼の瞳はゆっくりと閉じられた。

「僕は幸せでした。ありがとう名前

それが彼女の夫の最期だった。

銀時と数人の真選組隊員に囲まれて男は逝った。右手は妻の手を離すことはなかった。